No.0757
いもしょうがつ
イモ正月

放送回:0476-B  放送日:1984年12月29日(昭和59年12月29日)
演出:芝山努  文芸:沖島勲  美術:亀谷三良  作画:後藤真砂子
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あらすじ

昔、栃木県鹿沼市草久(くさぎゅう)という所に、働く事が嫌いな茂作という若者と年取った母親がいました。茂作は、酒好きで博打好きでしたので、ついには家のお金も使い果たし、友達もみな離れてしまいました。

ある夜、これまでの事を反省した茂作は、出稼ぎに行こうと村を出ました。母親は黙って見送りましたが心の中では心配でたまらず、毎日々神様に無事を祈りながら暮らしていました。

三年たった大晦日の夜、母親は雪の中で行き倒れた年老いた旅人に出会いました。貧乏暮らしの母親でしたが、腹がすいている旅人に芋を煮て食べさせてあげました。旅人は助けてもらった事に感謝しながらも「もう少し芋を煮てくれませんか?」と言うので、母親は快く正月用に残しておいた芋を煮てあげることにしました。

この様子を、茂作がこっそりと家の外から覗いていました。本当はすぐにでも母親に会いたいのですが、まだ成功していなかった茂作は家に入る事ができません。茂作が母親に見つからないように帰路につこうとすると、どこからか「芋は煮えたぁー?」と、旅人の声がしました。母親の「もう煮えたでぇー」と応える声と同時に、猛吹雪が起こり茂作の体は風に飛ばされ家の中に飛び込んでいきました。

突風と共に現れた茂作を見た母親は、涙を流して喜びました。それからの茂作は母親と一緒に一生懸命働きました。そして母親の苦労を忘れないようにと、正月のお雑煮には毎年芋を入れるようになりました。この事がこの地方でのしきたりとなって、今でも雑煮の中には必ず芋が入っているそうです。

(紅子 2011-12-29 3:21)


ナレーション常田富士男
出典栃木県の民話(偕成社刊)より
出典詳細栃木県の民話(ふるさとの民話22),日本児童文学者協会,偕成社,1980年12月,原題「イモ正月」,採録地「鹿沼市」,再話「小杉義雄」
場所について栃木県鹿沼市草久(地図は適当)
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地図:栃木県鹿沼市草久(地図は適当)
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※掲載情報は 2011/12/29 3:21 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
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あき  投稿日時 2021/1/4 15:29
今の時代こそ豊かな時代だからニートでも家にいながらお金を稼ぐこともできるが(ニートとは言わないかも知れないが)この時代のニートはさぞ親も悲しんだだろう。
真面目に働けば必ず良いことがあるという、日本昔ばなしらしいメッセージのこもったお話。
まりりん  投稿日時 2015/11/6 7:05
>もさ-くは3年間もどこで何してた?働いていなかったら死んでるんじゃ-・・・?

ずっと賭博で勝ったり負けたりして何とか食いつないでいたんじゃないですかね?

>あの爺さんの正体は?
母親が毎日もさくの無事を祈っていた神様でしょう

>吹雪の中でのやり取りの意味は?
神様と母親とのやり取りで、戸を開けたら家の中にもさくが飛ばされたから
その為の前ふりというか、もさくをその場に足止めするためのもんじゃないでしょうか
離れられたら家の中に飛ばすのが難しくなるし

ゲスト  投稿日時 2013/8/7 15:09
母の息子への思いがニートを更正させた物語です。

なかなか粋な話ですね。

いまひとつよく分からないお話ですね。あの爺さんの正体は?もさ-くは3年間もどこで何してた?働いていなかったら死んでるんじゃ-・・・? 吹雪の中でのやり取りの意味は?うーん、分からん
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