地獄めぐり についてのコメント&レビュー投稿
昔、日光に弘法大師(こうぼうだいし)が開いたといわれる寂光寺(じゃっこうじ)という寺があった。この寺に、人々から尊敬されている覚源上人(かくげんしょうにん)というお坊さ...…全文を見る

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投稿者:マルコ 投稿日時 2012/9/16 17:00
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ドライブで栃木県日光市にある「若子神社」に行ってきました。
寂光寺は今は無くなっており、苔むした礎石?と思われる石があるだけでした・・・。
寂光院は明治のはじめ頃になくなってしまい、現在は「日光の社寺」として世界遺産に登録されている輪王寺が管理を行っているようです。

急な石段をエッチラ・オッチラ登って若子神社まで行って参拝してきたのですが・・・。
本殿のあちらこちらに落書きが書いてあったり・掘り込んであったりして酷いと思いました。「平成3・11・3・日本子来る・三橋様御一行」だの「愛EK・KN」などの字が
神様を祭る神聖な社に書き込まれていたんですよ!!私は熱心な神教・仏教徒ではありませんが、これは罰が当たりますよ!!ホントに許せないですね!!

若子神社の横に寂光の滝という滝があって、なんでも弘仁十一年(八二〇)日光を訪れた弘法大師空海が寂光の滝で修行をなさってこの場所に祠を建てたのだそうです。
確かに修行の場にふさわしい、山奥の滝という感じでした。

地獄から帰ってきた覚源上人は閻魔大王から板を人の形に似せた四十九の釘の穴の付いた
木の札を渡されたそうです。「世の中は悪いやつが多くなった。お前が地獄を見物して帰り、このような恐ろしいところへ来ないように人間どもに語って聞かせよ。地獄へ行った人々は四九日の間、毎日体に釘を打ち込こまれる。頭に三本、左右の方にそれぞれ一本、両手に三本、腹へ二十本、両脇に七本、両足に二本ずつ、それで四十九本になる。この札を一枚やるから、娑婆の者どもに、これと同じものを作ってやれ。この札が代わりに釘に打たれるから、死んだものたちは救われるのじゃ。」と言って閻魔大王は覚源上人に札を与えたそうです。
寂光院がなくなってしまった今は、輪王寺でこの不思議な御札を出しているようです。
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投稿者:beniko 投稿日時 2012/9/17 21:27
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レポートありがとうございました。
地獄で釘を打たれるとは、アニメでは知りえなかった所ですね。教えてもらってありがとうございました。

人の形をした木の札は、きっと人形(ひとがた)ですね。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2012/11/3 21:17
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地獄めぐりの舞台である「若子神社」に行ってきた時(地図で言うと195号の道の奥にある方の神社)道の途中に大きな岩がありました。(将軍茶屋の近くの方の若子神社の所)気になったので車を降りて、岩の前にあった立て札を見たところ・・・「この岩の上に窪みがあり水を湛えているので「池石」と呼ばれた。この窪みに溜まった水は、あたかもこの岩が生きているかのように、一年中枯れた事が無い所から「生石」とも呼ばれた。池石の水かき回すと、雨が降るというという言い伝えがある。また、この石は若子神社の逢拝所(前立)であり、石の水が尽きないように無限の財益を授けると言われている。」・・・と書いてありました。

興味津々で岩によじ登って窪みを覗いてみると・・・落ち葉と泥で窪みが埋まっていました。余計な事とは判っていたのですが・・・窪みの中の落ち葉と泥を掃除してしまいました・・・。
岩の近くにあった「将軍茶屋」は閉店してもう何年も使われていない様子・・・若子神社に訪れる人が少ないんでしょうね・・・。
マルコが岩の窪みを掃除した時、窪みの中に溜まっていた泥水をかき回しました。
そうしたら・・・言い伝えの通り、雨が降りましたよ!!ただの偶然かもしれませんが、言い伝えは本当だったという事にしたいと思います。

この昔ばなしの主人公?である覚源上人のお墓は寂光滝への上がり口、若子神社鳥居の左方向を流れる寂光川を渡った山の中腹にあって、墓石は一メートルほどの高さです。
覚源上人のお墓は昭和三十年頃まで藪の中に埋もれており、それを知る者は誰一人いなかったそうです。ところが、1950年代に樵?炭焼き?さんによってお墓が発見され、世間の人の注目を引く事になったそうですよ。
なんだか可哀相な事ですよね・・・。長い間、誰にも知られず藪の中に埋もれていたなんて・・・。さぞや、寂しかったでしょね・・・。
もし、若子神社に行く機会があったら覚源上人のお墓参りを是非してあげてください!!

それから、覚源上人が閻魔大王から渡された御札について調べてみました。
現在、この御札は「釘念仏札」と呼ばれていて「日光山輪王寺 常行堂」という所でいただけるようです。なんでも「念仏を唱えて、寂光寺の釘抜念仏の御札を持ってあの世に行くならば、閻魔大王が極楽浄土に導いてくれる。」と言われており、「釘抜念仏」の信仰は、日光地方をはじめ、関東、東北、北陸、さらには九州までの広い地域まで伝わっていたらしいです。

本当かなぁ~?マルコは長い事、栃木に住んでいますが・・・「釘抜念仏」の「釘」の字も知りませんでしたよ・・・。
ちなみに、今でも日光の人たちはお葬式の時、亡くなられた方の御棺にそっとこの「釘抜念仏の御札」を納めるのが通例だそうです・・・。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/2/7 14:28
まん日のDVDを借りてきて「地獄めぐり」を見たところ、このお話の語りは常田富士男さんでした。
主人公の覚源上人が市原悦子さん。閻魔大王が常田富士男さん。医者・権六・十郎太・お春が市原悦子さん。という配役になっていましたよ。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/2/7 15:06
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この話が始まった時、怖い顔のお不動様の絵が出てきました。
マルコが若子神社へ行った時、寂光院跡地に苔むしたお不動様の石像があったのですが・・・何かの偶然ですかね・・・?
まんが日本昔ばなしの作画の方が現地で取材をして、作画をしたんでしょうかね・・・?
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/3/16 21:05
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覚源上人を思い出して懐かしむ人が生きている間は良いだろう。懐かしんで墓参りをしてくれる人がいるということだから。しかし、その人もまた亡くなってしまって、言い伝えを知るだけの後の世の人々はしみじみと懐かしむだろうか、いや、決して、思わない。

上人の墓参りをする者がいなくなってしまうから、間もなく墓石に苔が生え、この葉が降り積もって、夕暮れの激しい山風、夜の月影、川のせせらぎだけが訪れる縁者であったことだよ。

果ては、上人の墓があった跡さえ無くなってしまうのは悲しいことである。

寂光院の七堂伽藍は灰塵に帰す。
再び再建される事無く、其の跡、将に蓬茅に埋もれんとす。
訪れる者、既に無く、山中に鳴く鹿の声までも寂しげであることだ。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/4/6 19:56
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寂光院の名前の由来となった寂光の滝について・・・。

 田母沢川-たもざわがわ-にそそぐ沢に落ちる滝。このあたりに昔、寂光寺-じゃっこうじ-があったことから名がついた。寂光寺は弘仁-こうにん-11(820)年に弘法大師-こうぼうだいし-が開基したと伝えられる。江戸時代には寂光権現-じゃっこうごんげん-、拝殿、不動明王堂-ふどうみょうおうどう-などが立ち並び、修験道-しゅげんどう-・浄土信仰の中心地として栄え、釘抜-くぎぬき-念仏発祥の地として、その名を知られている。
明治4(1871)年の神仏分離で寂光権現が廃され、寂光が若子-じゃっこ-に改められて若子神社に。滝に向かう途中、池石-いけいし-(生石-いきいし-)と呼ばれる巨石がある。

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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/4/13 18:20
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馬郡美保子(まごおり・みほこ)さん 女性の方・・・当たり前か・・・。 
職業 映画/TVスタッフで代表作によなよなペンギン 源氏物語 銀河鉄道の夜 だそうです。
杉井ギサブロー 馬郡美保子 さんって所属事務所が同じなんですかね・・・何かしら、関係がある気がします・・・。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/5/26 15:37
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百物語より引用。
むかしむかし、日光(にっこう)の寂光寺(じゃっこうじ)というお寺に、覚源上人(かくげんしょうにん)というお坊さんがいました。

 ある日の事、上人(しょうにん)は、横になって休んだままの姿で死んでしまったのです。
 しかし、上人の体はまるで生きているように温かく、肌も普通の色です。
 確かに息もしていませんし、心臓も止まっているのですが、普通の死人とは違います。
「・・・どうすれば、いいだろう?」
 人々は困ってしまい、どうしたものかと考えているうちに十七日が過ぎてしまいました。
 すると突然、上人がパッチリと目を開けたのです。
「おおっ! 開いたぞ、目が開いた。生き返ったぞ!」
 上人は心配そうに集まっていた人々を見まわして、今の状況を理解しました。
「どうやら、わしは今まで死んでいたようだな。みなさん、ご心配をおかけしてすまなかった。実はわしは、たった今、めいどの旅から帰ってきたところなのじゃ。ちょうどよい、みなさんにぜひ話しを聞かせたい」
 そう言って、上人は不思議な話しを始めました。

「ふと気がついたわしは、雲に乗ってまっ暗闇の中を、どこまでもどこまでも進んで行ったんじゃ。
 すると、炎に包まれた山門(さんもん)があってな、そこには鬼が立っておった。
 これが有名な地獄門(じごくもん)だと、わしは思った。
 門をくぐるとそこは閻魔(えんま)堂でな、閻魔大王の前には大勢いの人々が並んでおり、その人々を閻魔大王が裁くのじゃ。
 一番前の男が閻魔大王の前に引き出されると、こう言った。
『大王さま、あっしは地獄に落ちる様な事は、何もしちゃぁー、いませんぜ』
 すると閻魔大王は、恐ろしい声で怒鳴った。
『黙れ! お前は犬を三匹、ネコを六匹、殺したであろう!』
『へい、確かに。・・・しかし、犬やネコを殺しても、地獄へ落とされるんで?』
『当たり前だ! 例え虫一匹とはいえ、命のありがたみは人間と同じ、面白半分で殺せば罪となる。お前は地獄へ行き、五百年間、鉄棒で打たれ続けるがよい!』
 閻魔大王が言うと鬼たちがやって来て、その男を引きたてて行ったんじゃ。
『次、前に出い!』
『へん! どうとでも好きにしろ! 地獄行きは覚悟の上だ』
『そうか。お前の様に反省の色がない奴が、もっとも罪が重い。お前が行くのは黒縄地獄だ。そこで一千年の間、熱く焼かれた鉄の縄で体をしばられ続けるのだ。よし、次!』
 こうして閻魔大王は、地獄に落ちた人間を次々に裁かれていってな、そしてとうとう、わしの番が来たんだ。
 すると閻魔大王は、こう言ったのじゃ。
『覚源(かくげん)よ、お前をここへ呼んだのは、罪人(つみびと)としてではない。
 お前も見ておったように、近ごろは地獄へ来る人間の数がふえるばかりだ。
 これは、生前に悪いことをすれば、死後に地獄へ落ちるということを忘れているからではなかろうかと思ってな。
 そこで人々に説教(せっきょう)する役目のそなたに、地獄の恐ろしさをよく見てもらって、ここへくる人間が一人でも少なくなるよう、人々に話してもらいたいのじゃ』
と、言うわけで、わしは地獄巡りをする事になった。
 地獄ではな、どんなに苦しくても死ぬ事は出来んのじゃ。
 たとえ体を切りさかれても、いつの間にか元へ戻っていて、永遠に苦しみが続くのじゃ。
 重い荷物を背負って、針の山を登って行く人々。
 熱い血の池で、もがき苦しむ人々。
 地獄にはそんな人々の叫び声や、うめき声が続いておる。
『よいか、死んでまでこんな苦しい思いをする事はない。人間は、こんなところへ来てはならんのだ』
と、閻魔大王が言うたんじゃ。
『よくわかりました。この覚源、残る人生をかけて、一人でも地獄へ来る人間が少なくなりますように、説教を続けましょう』
 閻魔大王にこう約束して、わしは地獄から帰ってきたのじゃ」

 その後、上人は一人でも多くの人が地獄の苦しみから救われるようにと、地獄の話を語ったという事です。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/5/26 15:42
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第116回企画展 「日光山の今昔」平成18年4月7日(金)~平成18年6月7日(水)
1999年12月ユネスコの世界遺産に登録され、国内ばかりでなく外国からも多くの観光客が訪れる日光は、奈良時代に霊地として開かれてから1200有余年、信仰の山としての古い歴史があります。
 日本の地に人が住み始めて以来、この国には独自の信仰がありました。人知を超えた大いなる力を「神」として怖れ敬う原始的で素朴な信仰です。6世紀になり大陸から「仏教」が伝来すると、教理の整った「仏」の教えに「神」の信仰は融合していきます。「神仏習合」すなわち仏教の「仏」が日本古来の「神」を取り込み同化し、仏教と神道とが共存するおおらかな信仰が生まれました。神社の中にお寺が建てられ、山に分け入り修行をする者が場合に応じてお経を誦し祝詞をあげました。仏教と神道、修験道などが渾然一体となり信仰される、日光の歴史はまさにその神仏習合の歴史に他なりません。
 鎌倉時代には源頼朝の篤い信心を受け、その後豊臣秀吉に攻められて疲弊しますが、江戸時代、徳川幕府・将軍家に護持されて「日本国」の聖地へと飛躍します。明治になると、仏教と神道が分離せられる政府の新政策によって神仏習合の歴史に終止符が打たれ、現在の「寺社(輪王寺・二荒山神社・東照宮)」のありように変わりました。
 日光山は、1200年の時代を超えて、その時々の流れの中で浮き沈みを繰り返し、形を変えながらも、信仰そのものから或いは建造物や宝物を通してその歴史を脈々と現在にまで伝えてきています。
 この度、平成の「今」から遠い奈良の「昔」まで、時代を通して受け継がれてきた信仰の歴史を感じて頂けますよう、時代を追って寺宝の一部をご紹介いたします。日光の今昔、その一端をご覧下さい。

ということで 寂光寺釘念仏縁起の絵が輪王寺に伝わってい手、たまに一般公開しているみたいです。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/8/7 14:23
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あの懐かしい主題歌と共に独特の語りで人気があった「まんが日本むかし話」。どことなくノスタルジックな感覚を呼び起こす昔話の舞台の中で、行ってみたいと思う場所をマイナビニュース会員の男性441人にアンケートをしてみました。

Q.なつかしの「まんが日本むかし話」行ってみたい昔話の舞台は?
1位 金太郎(神奈川県 金時山) 16.6%
2位 牛若丸(京都府 鞍馬山) 14.7%
3位 羅生門の鬼(京都府 羅城門跡) 9.1%
4位 しょじょ寺の狸ばやし(千葉県木更津 證誠寺) 7.9%
5位 恐山のおどり鬼(青森県 恐山) 7.3%
5位 あの世のいり口(北海道 突哨山) 7.3%
7位 地獄めぐり(栃木県 日光市若子神社) 7.0%

■地獄めぐり(栃木県 日光市若子神社)
・「地獄はどんなところか気になる」(25歳/自動車関連/営業職)
・「怖いけど、興味がある。お化け屋敷感覚」(28歳/建設・土木/技術職)
・「地獄ツアーに行ってみたい」(26歳/運輸・倉庫/事務系専門職)

ということで・・・地獄めぐりが第七位になりました~!!や~栃木県民として嬉しいし、マルコの書いたものを多くの人が見てくれていたような気がして、感謝感激です!!
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2013/8/7 14:56
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昔は、こういった教訓のお話が多かったですよね。私は子どもの頃、お婆ちゃんに昔のお話を沢山してもらいました。とても懐かしかったです。

ひとおもいに殺せって、もう死んでるやんw

閻魔って実はとてもいい人だったんですねー?これは子どもに聞かせるといい?

色合いが綺麗な作画ですね、地獄の恐ろしさを見せて悪行の戒めに-する良い話です

特に理由もなく、面白半分でやってたからだと閻魔様がおっしゃて-ますので、裏を返せばやむおえない殺生もあるとお考えで、意外と-話の分かる方かもしれませんよ(笑)
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/11/5 18:00
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「決定版・まんが日本昔ばなし101」に栃木県のまん日である「地獄めぐり」が収録されていたので、図書館で借りてきて読みました。

ストーリーは、本の編集上短くなっていたのですが、ちょっと気になることがあったのです。

この物語の主人公である、覚源上人が地獄へ行って閻魔大王に裁かれる前に、3人の罪人が登場するんです。

等活地獄行きになった権六、黒縄地獄行きになった十郎太、極楽行きになった鳥追いのお春。

そうそう・・・この間、猫にガソリンぶっかけて焼き殺した権六さんのニュースを聞きましたけど、動物虐待はよくありませんからね!!等活地獄行きになっちゃうので。

権六と十郎太は登場していたのですが、お春さんが登場していない事、お春さんの「鳥追い」って何だろう?と思った私は「鳥追い」について調べてみました。

すると「鳥追い」とは、江戸時代の門付け芸の一つで、正月に編み笠をかぶった非人の女太夫が、っ三味線を弾いて歌を歌い、門に立って金銭を請い求めたもの。だそうです。

学校の授業で江戸時代に差別を受けていた穢多(えた)非人の人々がいたというのは話に聞いていましたが、まさか、栃木のまんが日本昔ばなしでこの言葉が出てくるとは・・・。今は、えた、非人なんて言葉を使う人はいないと思いますが、絶対に言っちゃいけませんからね!!
それを言ってしまうと、まんが日本昔ばなしでちょくちょく登場するお菰さんとか乞食さんっていうのも禁止ワードになってしまうので!!

鳥追いという言葉が禁止ワードになっていたし、「決定版・まんが日本昔ばなし101」編集上の理由でお春さんは、「地獄めぐり」の登場人物から外されてしまったということなのでは・・・?と考えました。

美人のお春さんも、生前はきっと苦労したんでしょうね。
もしも、「お前は身分が卑しい奴だ!!賤民のくせに!!」って言われ続けたらどうですか?私だったら、心がひねくれちゃいますよ!!

でも、そんな辛い状況にありながらも、飢えた子犬に自分の食べ物を分けてあげたり、傷ついた小鳥を助けてあげたり、人にも親切だったお春さんはとてもいい人だとマルコは思います!!
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/11/6 18:40
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寂光寺は明治の初めぐらい焼失してしまったと、看板に書いてありましたが、もしかして、廃仏毀釈の影響で焼かれてしまったのでは?とマルコは考えました。

理由、明治の初めに寂光寺が焼失し若子神社が分離されてしまったから。

廃仏毀釈とは?

従来の神仏習合、神仏混合を禁止し、神道国家政策を打ち出すため、1868年に神仏分離令が出された。このため、仏像や仏具の破壊、経文を焼くなどの廃仏毀釈運動が行われた。
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投稿者:Maruko (マルコ) 投稿日時 2013/11/12 17:56
Visiting hell (in Japanese Jigoku Meguri)

No. 0584 (a broadcast time:) 0366-A)
An airdate:November 06, 1982 (November 06, 1982)
Direction: Sugii ギサブロー
Literary arts: Sugii ギサブロー
Art: Mihoko MagooriDrawing: Mihoko Magoori
The source: Tochigi
The narration: Fujio Tokita

Story
The temple called the tranquil light temple was in Nikko in old days.
There was a Buddhist priest called 覚源上人.
He was respected in this temple by people.
One day,he breathed his last.
But the body of the holy priest was warm forever to totally live.
Then 17 days passed.
Surprisingly a holy priest woke up.
The holy priest looks at the people; and said that "the place where I just came back from the hell. I want to tell everybody this story. "

His story has begun to recite the story of an extremely mysterious trip

"I advanced in darkness on a cloud forever. Then there was the gate surrounded by flame. Because terrible ogres stood in front of the gate, I thought when this was the hell gate. When pass through the gate; there is a court. A large number of people judged dy 閻魔大王. "

In that way the turn of the holy priest came at last.
Then 閻魔大王 said that "You are not a criminal. Forthcoming human numbers increase to the hell recently. If human beings commit a crime, I think whether this is because it forgets to fall into the hell posthumously. So I called you who preached people a sermon together. I have you watch terror of the hell well, and this is because it wants people to talk. ”

The holy priest made a tour of the hell in this way.There was the person that a body was cut to boil ogres.There was the person who went up the mountain planted with thorns with heavy baggage.There was the person who writhed in Blood Pond.There was the person who I beat, and was crushed with an iron bar.There was a person tied up with a rope of iron burnt hot.There were many criminals in the hell.

To see a state of such a hell, the holy priest came home from the hell.The holy priest continued having a talk in this hell to people afterwards.


About a place
Wakako Shrine (tranquil light temple)

DVD information
Collection of DVD-BOX seventh (DVD Vol. 33)
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投稿者:maruko 投稿日時 2013/11/13 17:55
For such a reason a holy priest visited the hell .
こういう理由で上人は地獄めぐりをすることになった。
There were people that a body was cut by ogres.
鬼たちに体を切り刻まれる人たちがいた。
There was the person who went up the mountain planted with thorns with heavy baggage.
重い荷物を持って針の山をのぼる人がいた。
There were people who suffered and struggled in Blood Pond.
血の池でもがいて、苦しんでいる人たちがいた。
People were smashed their body up and hit their body with an iron bar by ogres.
鬼たちによって、人々は鉄の棒で自分たちの体を殴られて、潰されていた。
As for the people who body was tied up with a rope of iron which became hot.
人々は熱くなった鉄の縄で体を縛られた。
There were many criminals in the hell.
多くの罪人たちが地獄にいた。

The holy priest came home from the hell To tolk about visiting hell.
上人は地獄めぐりについての話をするために、地獄から戻ってきた。
The holy priest continued 広告コピペ the story about the hell to people .
上人は地獄についての話を人々にし続けた。
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投稿者:マルコ 投稿日時 2013/11/13 17:59
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The holy priest continued talking about the story in hell to people .
上人は地獄での話を人々にし続けた。

訳はこっちのほうがいいかもしれません。

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投稿者:マルコ 投稿日時 2014/1/8 16:37
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日光観光協会ホームページより引用。

日光を開いた勝道上人

 日光という未開の地を開き、ここを一大聖地に変えたのが、勝道上人(735~817)である。
 勝道上人は日光のある下野国-しもつけのくに-(栃木県)の人で、明星天子-みょうじょうてんし-のお告げに導かれて、男体山(二荒山)に向かったと伝えられている。頂上を極めるまでには、多くの困難に出会ったが、天応-てんおう-2(782)年についに悲願を達成することができた。
 日光を彩る伝説の多くは、勝道上人の足跡や業績に由来しており、日光を理解するうえで、最も重要な人物である。

勝道上人は栃木のまん日「大黒さま白ねずみ」に登場する奈良時代ごろのお坊さんです。

●神仏習合とは

 勝道上人が日光を開いて以来、日光はずっと神仏習合の時代が続いた。そして、日本では、高い山は古来から神でもあった。
 ゆえに、男体山は御神体(信仰の中心)であり、イコール大己貴命-おおなむちのみこと-であり、千手観音-せんじゅかんのん-でもある。同じように、女峰山-にょほうさん-も御神体で、田心姫命-たごりひめのみこと-であり、阿弥陀如来-あみだにょらい-でもある。さらに、太郎山-たろうさん-も御神体で、味耜高彦根命-あじすきたかひこねのみこと-であり、馬頭観音-ばとうかんのん-でもある。
 このように、いわば古来からの山岳信仰と神道、仏教の考え方が違和感なく同居していたのである。現代人には一見、複雑なように思えるが、日光の歴史を深く知るうえで欠かすことのできない知識である。
 こうした神仏習合のあり方は、明治元(1868)年の神仏分離令を境に改められ、日光もその例外ではなかった。明治4(1871)年に神仏分離がおこなわれ、一時は数多くの寺が併合されるなどした。

やっぱり、日光の寂光寺が若子神社になってしまったのは、廃仏毀釈の影響であると考えられます。
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投稿者:歳の順 投稿日時 2018/4/14 21:53
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今後産まれてくる子どもたちに見せてやるべき作品。
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投稿者:はなののののはな 投稿日時 2018/8/5 14:28
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日本人が考える地獄のイメージを伝えるのに有効なんじゃないかと思います。このアニメを見たことはまだないのですが、こうして読めて嬉しいです。
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