五郎びつ についてのコメント&レビュー投稿
昔、栃木県今市の小百川沿いにある一本杉という村に、五郎という石屋が住んでいた。五郎は二十歳を過ぎても頭がぼんやりとしたような男で、田畑は耕さず嫁の貰い手もなかったが、仕...…全文を見る

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投稿者:マニアック 投稿日時 2011/10/21 21:15
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この作品、再放送では欠番扱いに・・・なぜだろう?
投票数:27 平均点:10.00

投稿者:beniko 投稿日時 2011/10/21 21:35
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この話、紅子的には衝撃をうけました。自分のために備蓄したのかと思いきや、みんなに食糧を分け与えてしまうとは。※今の時代だと、優しすぎるバカ者って言われて終わりになりそう。
こういったお話を語り継いできたという気持ちが、大人になった今、少しだけわかるような気がします。
投票数:26 平均点:10.00

投稿者:お伽切草 投稿日時 2012/10/22 2:18
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このお話には色々な地名が出てきますが、それらはどうも日光市周辺にあるようです。
今市市が日光市に併合されてしまったのでその名残かと思われます。
投票数:29 平均点:10.00

投稿者:マルコ 投稿日時 2013/2/26 15:19
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小百地区には、「残したい栃木の棚田21」認定された褥の棚田、石見の棚田など昔ながらの農村風景を残しています。また、地元の小百の有志35名が村おこしで小百そば組合を結成し、”小百田舎そば”として地域を盛り上げています。
投票数:27 平均点:10.00

投稿者:sato 投稿日時 2016/7/30 1:54
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五郎のやさしさに胸打たれました。

投票数:26 平均点:10.00

投稿者:愛善院 投稿日時 2016/8/28 17:50
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これ、語り継ぐべき話でもあり、語るのに神経を使う話でもあります。
この性根の率直さと、畑を持っていなかった、嫁の来手がなかったなどの諸事情から考えると、五郎は差蔑を受けていた存在と考えられます。被差別身分であったか生まれつき障害があったかは分かりかねますが、物語の冒頭から「二十歳すぎても……」とあり、これに端を発して、結末を想像すると、五郎は黙って身を引いたのではない、という可能性がでてきます。
そうではないと信じたいし、この話が語り継がれてきたのだから、そういう差蔑されてきた人びとへの贖罪の意味をも持っていたのかもしれないと思いますが、一考の価値がある話であります。

寝太郎の系統の話は、多くこうした憂えをはらんでいるように思いますが、同時に、人間の人間たらしめる、己の欲を超えた部分を突きつけてきます。
投票数:27 平均点:10.00

投稿者:ここ 投稿日時 2017/2/20 18:22
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この手の話は生き残った人が語り継ぐわけですから当然良い話になってるともいます

この話も五郎側から考えればまったく違った話になるかもと思ってしまうのは考えすぎでしょうか?
投票数:26 平均点:10.00

投稿者:ゲスト 投稿日時 2017/8/26 2:07
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 現在の小百地区には昔話に出てくる地名が全て残っていますが、宿と原宿の中間点くらいに何故か「石屋」という地名も残ってるのが不思議。
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投稿者:ぶちねこ 投稿日時 2017/9/3 11:33
一人分くらいなら、皆が少しずつ取り分を減らせばいいじゃん!五郎が身を引く必要ないよね、と思ってしまうのですが…。美談には思えない。
投票数:26 平均点:10.00

投稿者:ゲスト 投稿日時 2019/12/8 21:09
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すでに限界に近いくらい少ない量の配給なんだよね。
しかも日に一回だけとかね。
今の裕福な食事を想像してはだめなんだよ、飢饉なんだから。
投票数:28 平均点:10.00

投稿者:華煌 投稿日時 2019/12/12 10:20
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真っ正直な五郎が、いつか害を受けるのではないかとひやひやしながら見ていて、みんないい人たちでホッとしたのですが、愛善院さんのコメントを拝見して愕然としました。確かにそんな予想を思いながらドキドキと見たのですから、さもありなんと思います。もしそうであれば、なんと酷いことなのでしょう。五郎と自分たちの命を天秤にかけて決行したのですから。
昔は自身に責のないことで差別されたり阻害されたりすることがあったのでしょうね。幼い頃、祖母の郷里の知り合いの家を訪ねた時、挨拶をしながら門を入って行く祖母の後ろから見えたのは、足の立たないお子さんが家族に追い立てられるようにして、押し入れに隠れる姿でした。子ども心に、なぜ隠すのか?いつまでも疑問が解けませんでした。本人も慣れた様子だったのでいつもこうしているのだなと感じましたが、わたしは大人ばかりの中で、子ども同士仲良く遊びたいなと思って長い挨拶を我慢していました。
悲しい思い出でもありますが、家族がいたことが五郎よりはよかったのかなと思えてきました。
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投稿者:Perenna 投稿日時 2020/3/27 4:32
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「栃木の民話・第二集」(未来社、日向野徳久編)を読んでみました。
「五郎びつ」は、とくに被差別部落とか、疎外されている人の話というわけではなさそうに思えます。
主人公は岩山で石工をしていて、かまどを作って農家に売っています。
仕事のあいまに大きな石の米櫃を作っていましたが、村人たちに「五郎やん、なんだって、そんなばかでっけえ米櫃なんか作ったんだえ?」と、ごく自然にからかわれたりしています。
また飢饉のときに、自慢の大きな米櫃にいっぱい蓄えてあった米を村人たちに分け与えたときには、「五郎やんはどうすんだえ? てめえのくうのはあんかえ?」と村人たちから逆に心配されています。
その後、五郎は岩山の石室に入って、食べ物をなにも食べないで、神様に豊作を祈りながら餓死したと書かれています。
村人たちは、雨が降らないで困るときには、五郎のこもった石室に石を投げこんで、五郎の魂に雨を降らせてくれるように祈ったそうです。
この昔話の根底にあるのは、日照りと凶作と飢えに苦しむ貧しい民衆を命がけで救った、勇気があって慈悲深い、優しい心を持った義民の話なのではないかと思われます。
栃木県(上州)の民話や昔話には、日照りや飢饉や凶作の話や、沼や池に住む龍や蛇や河童に雨を降らせてくれるように頼む話が多いような気がします。
アニメでは大げさに描かれているのかもしれませんが、この「五郎びつ」の昔話も、そんな災害や飢饉に苦しむ民衆の義民話が伝えられたものなのかもしれません。
投票数:26 平均点:10.00

投稿者:カケス 投稿日時 2020/3/28 11:02
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一人だけいつ来るかわからない災難に対して危機意識をもって、少しずつ備えてくれていた、五郎に頭が下がります。そしてそのおかげでみんなが争いもせずに、飢饉を乗り越えることができました。みんなが冷静さを失わなかったのは、五郎のおかげだと思います。現代の感覚だと、みんなあと一口ずつ我慢して五郎にも食べさせてほしいと思うのですが、もともと薄いかゆなのでそうもいかなかったのでしょうか?
そしてまさに今(2020年3月)も、似たようなことが起こっていますね。もしも五郎が今の日本の状況を見たら、危機意識のない人には「何が起こるかわからない。もっと気を付けて」、不安に陥っている人には「大丈夫、みんなで力を合わせて乗り切ろう」と、言ってくれそうな気がします。
投票数:28 平均点:10.00

投稿者:ゲスト 投稿日時 2021/6/22 14:27
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