舞の川の山んば についてのコメント&レビュー投稿
昔、葉山村に清兵衛(せえべえ)という貧しい百姓が住んでいました。清兵衛には五人の子供がいて、貧しいながらも毎年12月28日になると餅をつき、ささやかながらお正月をお祝いして...…全文を見る

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投稿者:ゲスト 投稿日時 2014/12/23 0:21
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清兵衛が作中で言ってたように、山姥が具体的にどういう風に彼を金持ちにしたのかがわからないんですよね。
だから彼の言うことにも一理あると思います。

それでも慢心するのはいけないことですが。
それにしても山んばも余計なことをしなければ、あの清兵衛の家は没落することはなかったでしょうね。

金が沢山あると、大部分の人間は慢心して金をもっとほしがるようになる。つまり欲が出てきてしまうから、山んばも人間の事を本当に理解できていなかったんじゃないかと思います。

私が山んばだったら、お金持ちにするよりも、貧しくても家族全員、健康で病気一つしないようにしますね。何をするにも健康でないとうまくいかないものですから。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2015/6/10 10:56
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山姥に対する感謝の心さえ持ち続けていれば、
清兵衛一家がこれほど不幸になることもなかったはず。
すべては清兵衛の心掛けの悪さから来たもの。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2017/11/9 22:38
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私も、2番目の方と一緒です。
私の気持ちをそのまま伝えて下さいました。
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投稿者:Perenna 投稿日時 2020/6/30 1:26
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この昔話と似たような話は、同じ出典の「土佐の民話・第一集」にもあります。
「やまんばの餅」という題で、高岡郡佐川町加茂長竹に伝わる話です。
「ある年、歳こしもせまったみそかの晩じゃったそうな。加茂の長竹部落にのう、うすぎたない着物をまとうた、総しらがのお婆さんが、どこからとものうやってきたそうじゃ。それがなんと、きたない布の袋に、ほんの一、二合ばぁのもち米をいれて、「おたくの餅をつくついでに、わしの餅もついてくだされ」と、こういうて、家ごっとに、たのうでまわりよった。」という書き出しで始まっています。
葉山村の清兵衛一家と同様に、親切なまずしい百姓一家が餅をついてやると、不思議なことに餅が二倍も三倍も増えていきました。
婆さんは毎年毎年やってきて、一家の暮らしも豊かになっていきました。
ある年、苦労知らずの子供が婆さんのことを嫌いだして、「あんなきたない餅がつけるか」と言い出しました。
農家の主人も根負けして、その年は婆さんが来る前に餅つきを終わらせてしまいました。
餅つきのすんだ後にやって来た婆さんは、残念そうに帰っていきました。
その後、その一家の餅つきは増えるどころかだんだん減っていって、またもとの貧乏暮らしに逆戻りしていったそうです。
「土佐の民話・第一集」にはそのほかにも、やまんばが畑の粟を増やしてくれたり、餅や寿司を手作りしてくれる「やまんばの里」という話があります。
福をもたらしてくれるやまんばを邪険に扱ったために、また元の貧乏になってしまうというような話は土佐には多いのでしょうか?
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