この昔話は、大正15年に出版された「アイヌ民話」という本に「お月様の悪戯」という題で収録されています。(コマ番号62/150)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/983308/62?tocOpened=1「昔、あるコタンに姉と妹二人きりで、山から姥百合を採つて来たり川から魚を捕つて来ては、それを食糧に、その日その日を送つてゐた。
この日も川から鮭を捕つて家に戻つた時には、もう日はトツプリ暮れてゐた。姉は夜食の仕度に、捕つて来た鮭を料理するため、妹に水を汲んで来てくれと頼んだ。すると妹は、どうしたものか姉の命を聞入れなかつた。
「厭な妹だね。姉さんのいふことを聞かないの」
といつて、姉は妹をしかりつけたが、それでも妹はブツブツいつて素直に立たうとしなかつた。
姉は腹立ちまぎれにニヤトシ(手桶に似たるもの)を持つて来て、妹を立たせてそのニヤトシに水を汲ませるため表へ突き出した。妹は渋々いひながら川の方へ歩みを進めた。
空には微笑む様な星の光とにこやかな月の光がなごやかに明かるく輝いてゐた。それを眺めた妹は、お月様に向つて、うらやましさうに
「お月様はいいのね。いつも綺麗に、じつとしてお空から輝いて居ればそれでいいのだものね。妾もお月様のやうに、働かずにじつとしてゐたいわ」
とつぶやいた。お月様はそれをお聞きになつて「地上に住むものは怠けてはいけない」と仰しやつて、悪戯にも妹を天上にさらつて連れて行かれた。
家の中で妹が水を汲んで来るのを待ちわびてゐた姉は、いくら待つても戻つて来ないので、表へ飛び出して川端のところへ来た。そこには獨木船が浮べてあつた。
「妹はきつと川の中に落ちて流されてしまつたに相違ない」と思つて、船に乗るや川下に向つて漕いで行つた。
途中でアカハラといふ魚に出あつたから、妹の行方を尋ねて見た。するとアカハラは
「いつぞやアイヌから、口の小さい腐つた魚といはれたから、教へてあげられぬ」
とキツパリ断つた。その次には鱒に出あつた。さうしてアカハラに聞いたやうに妹の行方をたづねたが、それも有がたい事はなかつた。その次には鮭に出あつた。鮭は親切にも
「空に輝いてゐるお月様に聞けばわかるよ」
と教へてくれて、妹のお月様につぶやいたことから、お月様につれられて行つたことまで、精しく話してくれた。姉は泣きながらわが家へ帰つた。
アイヌ達は、お月様の姿に、ニヤトシを携へてゐる妹の影が、今でも見えるといつてゐる。」
アニメでは、手のつけられないナマケ者の弟が、神様のバチがあたって月の世界へ連れていかれたという設定になっています。
しかしアイヌの伝説では、気まぐれを起こして水汲みを嫌がった妹が、お月様をうらやましがって、連れ去られてしまうという話になっています。
どちらも「なまけることはよくない」という戒めを含んでいるとは思います。
ですが、お月様が怠惰な妹(弟)を拉致して、しまいには働き者のお姉さんを悲しませてしまうのというのは、なんとなく理不尽な気がしてなりませんよね。