九升坊

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昔ある村に、とてもケチで欲の深い爺さんがいました。1杯のご飯も5~6日かけて食べ、たくあんは1本を半年もかけて食べる程でした。まるで爪に火をともすような暮らしぶりで、それは...…全文を見る

九升坊

投稿者:マルコ 投稿日時 2013/4/9 22:06
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伝統文化の森ホームページより引用
 
梅田中学校正門の前の一角を、土地の人々は、今でも『九升坊』と呼んでいます。『九升坊』・・・・・・すこし妙な呼び名だとは思いませんか。そう呼ばれるのには、こんな伝えが残されていたからです。
昔むかしのことでした。ここの土地にものすごくケチな男が住んでいました。男には、おかみさんはいませんでしたし子供もいない、たった一人での生活をしていました。それも、近所の人たちとのお付き合いを一切断って、ひっそりとアバラ屋ぐらしを続けるという、何とも変わった男でした。
いえいえ、それだけではありません。男の生活ぶりは、まさにドケチ。食べる物、着るもの、住んでいる家――どれ一つとっても、
「乞食だって、あれまでだよなあ。」
と、地域の人たちさえ驚きあきれるほどの、あまりにもひどい生活ぶりでした。
加えて、男は生まれつきの超不精者でしたから、着物を脱ぐのが億劫と、お風呂にさえ何か月も入りません。ですから、近づいただけで、男の体から発する異様な臭いが鼻を突く始末です。
こんなありさまでしたから、男が近所付き合いをしないというよりは、近所の人たちの方が、だれ一人として男に近づかなかった、といった方がいいのかもしれません。そのせいでもないでしょうが、男は一日中、家の中に閉じこもったままで、外へ顔を見せることがほとんどありませんでした。
男は、それほどまで貧しい生活をしなければならないほど、お金に困っていたのでしょうか。いやいや、とんでもありません。貧乏人どころか大変なお金持ちだったのです。では、なぜ、男は「どん底生活」なんかをしていたのでしょうか。
実は、この男、若いころから小判の魅力に、とりつかれてしまっていたのです。手に入ったお金を手放すのがなんとも惜しくて、お金というお金をみんな溜め込んでしまっていたのです。そして、爪に火を灯すかのようなどん底の生活を重ねながら、小判が溜まってくれることだけに、大きな喜びを感じ取っていたのでした。
ところで、昼間は生きているのか死んでいるのか、まったく分からないような、そんな情けない暮らしをしているこの男が、周りの人たちが寝静まった真夜中になりますと、毎晩、人が変わったように生き生きとした顔を取り戻すのでした。たるみがちだった瞼がパッと開いて、なんと、その奥にある両の目がギラギラと輝き出すのでした。
「最愛の小判に逢える時がきた」
という喜びが、そうさせるのでしょう。
男は、寝床からむっくりと起き上がりますと、かたわらの床板をはがし、大事に隠しておいたツボを取り出します。そして、一本のロウソクの灯りを頼りに、中の小判をすくい上げるのでした。男は、その小判に頬ずりをしては、ソッと床に落として、
チャリリーン、
チャリチャリーン
と、小判の触れ合う音を嬉しそうに聞いて、一人楽しむのでした。
小判が落下して放つ金属音以外は、物音一つしない暗い部屋の中で、揺らぐローソクの灯りに浮かび上がる男の顔――粗末な暗いアバラ屋にたった一人、小判に戯れながら、ニヤリと薄気味悪い笑いを浮かべる男の顔――そのありさまは、想像するだけで身震いが出てきそうな光景でした。
夜中になると、溜めておいた小判を取り出して対面し、小判の触れ合う金属音を人知れず聞いて喜ぶという、男のこの奇妙な行為は、
「いとおしい小判たちは、一日中でも眺めていたい。でも、そのことを村人に気づかれたくはない。なにか、うまい手はないものかな。」
と、さんざん考えあぐねた末に、やっとたどり着いた男の、たった一つの夜の楽しみだったのです。
ある冬の夜のことでした。
「どれ、今夜もかわいい山吹色(小判)にお目にかかろうかいな。それにしても、今夜はヤケに冷え込むわい。おお寒い寒い。」
男は、こんなことをつぶやきながら、かじかんだ両手をこすり合わせ、いつもの楽しみを味わおうと、ツイッと立ち上がりました。そして、何げなく崩れた壁の外を見やった男の目に写ったものは、まだ初冬だというのに、なんと暗い天上から舞い降りてくる白いものでした。
「おやおや、雪かいな。どうりで冷えるわけだわい。」
と、独り言をいいながら、両手に思いっきり熱い息を吹きかけますと、男は、いつものように床板を持ち上げて、ツボを取り出しました。
ツボの中には、長い間のケチケチ生活のおかげで、小判がだいぶたまっていました。ですから最近は手ですくいあげることをやめて、一升(1・8リットル)枡で小判を量ってはツボに落として、金属音を楽しむようになっていました。
この雪の舞う寒い夜も、一升ますを手にして小判を量っては、ツボに落とし始めました。
「一升――。」
チャリチャリン
チャリーン
「ウーン。いつ聞いてもなんとも言えんいい音色だわい。それ二升――。」
チャリチャリ
チャリーン。
「フッフッフ。ほんとにたまらんな。」「三升――。」「四升――。」
こんなふうに男は小判を量っては、いっとき、そのすばらしい音の響きに悦に入っていました。ついさっきまでのこごえるような寒さなんかは、とっくにどこかへ飛び去っていました。
さて、男が九升目の小判を枡に入れました。そのときでした。静寂そのものだった夜のしじまを破って、突然、表の戸が激しく叩かれたのです。
ドンドンドン
ドンドンドンドン
真夜中の静けさを打ち破ったその音は、異常なほどの大きな音の固まりとなって、男のアバラ屋を走り抜けました。その音が男に与えたショックは、それはそれは大変なものだったのでしょう。
「ウッ、ウウウーッ。」
と、小さくうめくと、男は、その場にヘナヘナヘナッと崩れ落ちてしまったのです。手にしていた枡からこぼれ落ちる小判だけが、ひときわ澄んだ金属音を床に這わせ続けました。
「もし、家のお方。道に迷い難渋している雲水じゃが、なんとか一夜の宿をお願いできんものかのう。もうし、家のお方。」
家の外では、雪の舞う軒下で老いた旅の僧が、しばらくは繰り返し繰り返し、表戸を叩き続けていましたが、
「どうも中の様子がおかしいわい。」
と、旅の僧が家の中に飛び込んだときには、男の息は、すでに絶えてしまっていました。
息が絶えてもなお、男の手にしっかりと握られた一升枡――ロウソクの灯りを妖しく反射させて辺りに散乱する大量の小判――真夜中のこの情景は、まさに異変そのものでした。
この事件があってからまもなくして、男の住んでいたアバラ屋は『九升坊』と呼ばれるようになりました。山吹色の魅力に取り付かれ、豊富な財力がありながら、およそ人間らしくない生活のまま、一生を終えてしまったドケチ男。小判九升目を量り終えたときに、深夜のアバラ屋の表戸を激しく叩き続けた旅の僧の姿――。「九升坊」という奇妙な呼び名には、遠い昔の寒い雪の夜のできごとを物語って余りある響きが、存分に含まれているのです。
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