Re: 納豆

納豆 についてのコメント&レビュー投稿
昔岩手でのこと、何年も日照りが続き、村人達は大変困っていた。田も畑も枯れてしまっていたが、田んぼのあぜに植えた大豆だけが村人達を飢え死にから守っていた。 そんな折り戦が...…全文を見る

Re: 納豆

投稿者:Perenna 投稿日時 2020/10/30 1:00
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし |
この昔話と似たような、納豆に関する逸話を見つけました。
1925年(大正14年)に出版された「醸造学雑誌」(大阪醸造学会)に掲載された「納豆の沿革に就いて」(大阪高等工業学校・鳥屋尾陽一)という論文です。
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10508678_po_ART0003130257.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

「滋賀県滋賀郡下阪本村―此の辺は旧山門領であつた―に伝へられるもので、之も今から凡そ三百年間、元亀の兵乱があつた時、豊臣秀吉の下知により、軍馬の糧にと江州山門延暦寺領地に於て大豆を徴発した事があつた。折しも丁度秋の末頃の事とて、里人は味噌を造るため用意して居た煮豆に到るまでなべて俵に入れて、之を陣中に送り納めさせたが、此等煮豆は日を経て、悉く粘着物を生じ、而も一種独特の香味があつたので、此の由をつぶさに秀吉に告げたのである。秀吉は之を頗る珍重して、殊の外賞味したのがそもそも納豆の起因であつて・・・」

アニメでは、陣屋に「納めた」豆であるから「納豆」と言うようになったとありますが、論文でも「陣中に送り納めさせた」と書かれています。
また別の説では、大阪夏の陣の際に大阪城が焼け落ちた時、倉庫の中にあった大豆が蒸焼され、数日後に関東方の兵士に発見された時にはその大豆が粘質物を生じ、特殊の香りを放っていたので食べてみたところ、その風味が純朴というか甚だ珍味であったので、これを江戸に持ち帰って広めた、と書かれています。

この論文を書いた鳥屋尾陽一氏の説によれば、納豆は豊臣秀吉に因むものらしいです。
岩手県の納豆の話は、この論文の逸話が元になっているのか、それともほんとうに岩手県に伝わってきたものなのか?
納豆の発祥の地や伝説については、興味深いところがありますね。
投票数:1 平均点:10.00
返信する

この投稿に返信する

題名:
ユーザ名:
投稿本文

投稿に関してのお知らせ

基本的に、誰でもご自由に投稿できます。お話の感想やコメントなどお気軽に投稿ください。
あらすじ投稿の場合は800文字前後を目安とした文章でお願いします。
投稿に対して一部IP規制を行っております。現在規制されているIPリストはこちらです。
※初めての方は「このサイトについて」もご一読下さい。(別ウインドウで開く)
※社会的倫理に反する書き込み、出会い系、営業的書き込みは、わりとすぐ消します。
※動画提供の呼びかけや要求はご遠慮ください、当サイトは動画データの有無とは関係ございません。

投稿ツリー

このスレッドの投稿一覧へ

  条件検索へ


現地関連情報
出典本調査 facebook
Twitter

オンライン状況

43 人のユーザが現在オンラインです。 (14 人のユーザが レビュー&コメント投稿 を参照しています。)

新着コメント(コメント24件)