むかしむかし、薩摩と長州と土佐の侍が一緒に旅をしておった。道中の三人はそれぞれのお国自慢で意地を張りあってしまうことがあったそうじゃ。まあ、みんな自分の住んどる所が一番ええから、自慢したくもなるんじゃろう。
さて、三人は三河の国で、ある宿屋に入った。その宿の二階の部屋からは見事な松が見え、松のてっぺんに何やら鳥の巣のようなものがあった。
三人はあれは何の巣かと言う話になり、薩摩の侍は「コウノトリ」、長州の侍は「ニワトリ」、土佐の侍は「カラス」と言いだして聞かんようになってしもうたそうな。そうして口喧嘩の挙句とうとうお互いの首を懸けて、夕食の時に宿の主人に聞いてみることになった。
夕食を待っている間、はじめに長州の侍が、次に薩摩の侍が、最後に土佐の侍が、便所に行くと言って部屋を出て行った。三人の侍はそれぞれ、こっそり宿の主人の所へ行き、一両やるから自分に都合の良い鳥の名前を答えてくれと頼んだのじゃった。主人は訳が分からなかったが、とりあえず三人の話を聞いておいたそうな。
ところが、土佐の侍が部屋に戻ってしばらくすると、部屋の中から激しく言い争う声が聞こえてきた。主人が慌てて飛んで行くと、三人の侍は刀を手にして睨み合っておった。そうして三人の侍は「あれは何の巣じゃ!?」と主人に詰め寄った。
すると主人はにっこりと「あの松のてっぺんに巣をかけたのは、一番初めにコウノトリで、卵がかえると二羽の鳥(ニワトリ)となり、今ではただの空の巣(カラス)でございます。皆さま、正しゅうございます。」と答えたそうな。そうして、さらに続けて「それでは皆さま、お約束の一両ずついただきます。」と言ってお辞儀をしたんじゃと。
三人の侍は顔を見合わせて苦笑いするほかなく、やっと仲直りしてその晩は楽しく飲み明かしたそうな。道中心得にもあるように、他国の人と旅をする時はあんまり意地をはるものではないということじゃなぁ。
そうしてあの松のてっぺんの巣、あれは本当は、宿の小僧が投げ上げた箒の先だったということじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-6-4 20:51 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 松岡利夫(未来社刊)より |
出典詳細 | 周防・長門の民話 第二集(日本の民話46),松岡利夫,未来社,1969年10月20日,原題「鳥の巣裁き」,採録地「熊毛郡」,話者「林虎一、後藤柳助」 |
場所について | 山口県の熊毛町(地図は適当) |
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