昔、三重県船津の村に、六兵衛(ろくべえ)という豪胆な男がおりました。この男、「さみしい」とか「怖い」とかといったものを今まで感じたこともなく、大変肝の座った男でした。
ある時、六兵衛は村長に漁師の網に必要な「しなの木の皮」を取りに行ってもらいたいという依頼を受けました。六兵衛は「明日にでも一人で大台ケ原の山奥の「大蛇嵓」まで行く」と言い、村人達は大台ケ原の山に一人で入れるなんて六兵衛くらいのものだと言い合いました。六兵衛は「化け物が出たら濁酒(どぶろく)の呑み比べでもしてやりますわ」と豪胆に笑うのだった。
翌朝早く、山に向かった六兵衛は山の神にまずお参りをして、それから山に入りました。
大蛇くらに着くとすぐに小屋を立てて、次の日から作業を始め、沢山の「しなの木の皮」を手に入れることができました。
その晩、気を良くした六兵衛が濁酒を呑みながら食事をとっていると、突然、大柄な鋭い目つきの女が現れて「酒をおくれ」という。六兵衛はその女のなんとも言えぬ迫力に押され、何も言うこともできず、勝手に手が動いて女に酒を差し出してしまいました。
大柄な女が酒をぐいぐいと飲んでいると、後からもう一人大柄な女が現れて、最初に現れた女を鋭い目で睨みつけ始めました。そして目配せで小屋の外に出るように合図すると、その女に槍で切りつけたのです。切りつけられた女は大蛇の正体を現して、後からきた女を飲み込もうと襲いかかってきました。すると、どこからか大柄な初老の髭の男性が現れて大蛇を斬り殺し、後からきた女を助けたのでした。
六兵衛はもう、ただ金縛りにあったように呆然としておりました。はっと顔を上げると初老の男性と後からきた女が目の前に立っていました。
女は「私は大台ケ原の山の神です。あの女は大蛇の化身でお前が難儀をしておったので助けに入りましたが、力が及ばなかったので弥山(ミセン)の山の神の力を借りて倒しました。もう大丈夫だから安心して仕事を続けるがよいぞ」と言い残し、平伏していた六兵衛が改めてお礼を言おうと顔を上げると、二人の神はもうどこにいませんでした。
こんな事があって、六兵衛は初めて「怖い」ということを覚え、それからは決して一人で大台ケ原の山に入ることはありませんでした。今も、大台ケ原の山に一人で入らない風習が残るのはこのためだそうです。
(投稿者: もみじ 投稿日時 2012-6-24 23:48)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 花岡大学(角川書店刊)より |
出典詳細 | 奈良の伝説(日本の伝説13),花岡大学,角川書店,1976年12年10日,原題「大蛇ぐらの怪女」 |
場所について | 大台ケ原山 |
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