昔、飛騨の滑谷(なべりだに)に爺さまと婆さまが蚕を飼って暮らしていた。
二人とも大変心優しく、村はずれの地蔵さまには暇あるごとにお参りして貧しい中にもお供え物を欠かさなかった。ただ爺さまは長いこと胸を患っていて、いつもひどい咳に苦しんでいた。
蚕が繭を作る季節になり猫の手も借りたいほど忙しくなったある日のこと、旅の僧が一晩泊めて欲しいと訪ねてきた。二人は喜んで迎え入れ、家の中にあるだけのものを出して蕎麦切りなどを作ってもてなした。その晩坊さまが床についてからも、二階からは二人が夜通し働く足音と、時々爺さまが苦しげに咳込む声が聞こえた。
翌朝、坊さまは蚕に経を読んで加持を行い、二人に礼を言って家を出ようとすると雨が降り始めた。爺さまは笠を差し出したが、又激しく咳込んでしまう。見かねた坊さまは、お礼に咳を治して進ぜましょうと、爺さまに向かって経を読み加持を行った。
すると咳はぴたりと出なくなり、深く息を吸うことが出来るようになったと喜ぶ爺さまが振り返ると、もう坊さまは笠を頭にのせて雨の中を去って行くところだった。やがていつもの年よりも立派な繭が出来上がり、繭分けも済んで二人は地蔵さまにお参りに出かけた。
すると、なんと地蔵さまの頭にあの坊さまに差し上げた笠が乗っているではないか。二人は、泊まってくれた坊さまが実はこの地蔵さまだったことにようやく気がついた。今もこの地蔵さまは「ずいたん地蔵」と呼ばれ、喘息に悩む人々が遠くからもお参りに来るという。「ずいたん」とは、喘息のことである。
(引用:狢工房サイト)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 江馬三枝子(未来社刊)より |
出典詳細 | 飛騨の民話(日本の民話15),江馬三枝子,未来社,1958年12月20日,原題「ずいたん地蔵」,採集者「柴田袖水」 |
場所について | 高山市丹生川町大萱 滑谷集落入口のお地蔵様 |
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