飛騨の険しい山々が連なる乗鞍岳(のりくらだけ)の西の麓に千町ヶ原(せんちょうがはら)という高原があり、そこには清霊田(せいれいでん)と呼ばれる小池ほどのいくつもの沼がある。
昔、この千町ヶ原の麓の青屋という在所に平十郎という肝の強い百姓が住んでおり、平十郎は秋じまい(※1)の後、猟に出るのが何よりの楽しみだった。晩秋のある日の事、青屋から平金に通じる桜が岡という亡者道で、平十郎はかすみ網(※2)を張りツグミ(※3)を獲っていた。ところがツグミを籠に入れる最中不意を突かれ、平十郎はツグミに片目を刺されてしまう。
その日は猟を止め山小屋で養生した平十郎は、その晩ふと、亡者道で猟をすると亡者の叫び声を聞くという爺さまの言葉を思い出した。しかしそれは大方夢でも見たのだろうと平十郎が笑い飛ばすと、突如壁の隙間からツグミの大群が押し寄せ、小屋中を飛び回った。
焦った平十郎が山小屋を飛び出すと、今度は火の玉が目の前を横切るのを見た。恐る恐るその後をつけていき、そこで平十郎は驚いた。なんと自分のかすみ網に行く手を阻まれ、無数の火の玉がうめき声を上げていたのだ。そして火の玉はどくろへと姿を変え、「平十郎とろう。平十郎とろう。」と口々に叫び声を上げた。
この光景に肝を潰した平十郎は必死に山を下りるも、途中で足を滑らせ清霊田に落ちてしまう。そこで平十郎は再び、昔爺さまも亡者道で猟をし片目を失った事を思い出すが、それでも亡者の祟りを信じようとはしなかった。すると周りの沼からどくろが浮かびながら、「平十郎は三日前、仏様の飯を食っておる。とらえる事できん。」と悔しそうに平十郎を見つめていたのである。
死者の霊が通る亡者道の前には、真っ白な御嶽山(おんたけさん)が亡者達を迎え入れるためにそびえている。平十郎はその後、命だけは助かったものの少し気がふれたようになり、それからはばったり山での猟を止めてしまったという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-11-16 23:55)
(※1)秋の収穫の後、冬に備えて行う諸々の作業。
(※2)飛んでくる野鳥を捕らえる張り網の一種。鳥が反動で飛び立つ構造を利用しており無差別に大量の野鳥を衰弱させる恐れがある。
(※3)スズメより大きい小鳥の仲間。肉は美味とされているが乱獲や密猟のため現在日本では捕獲が禁止されている。
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 辺見じゅん(角川書店刊)より |
出典詳細 | 妖怪と人間(日本の民話07),辺見じゅん=清水真弓,角川書店,1973年4年20日,原題「千町が原」,伝承地「岐阜県」 |
場所について | 飛騨の千町ヶ原 |
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