昔、ある所に半兵衛(はんべえ)ときねという大変な横着者夫婦が住んでいた。半兵衛はちっとも仕事をせず、女房のきねは飯の仕度も面倒臭がり、いっぺんにたくさんご飯を炊くので、おととい炊いた固い冷や飯を2人で食べるというような有様だった。
こんな調子なので、ある日貧乏神が2人の横着ぶりに惹かれて家にやって来た。貧乏神は、半兵衛の家が気に入り、この家に居つくことにした。そのため2人は、ますます貧乏になっていった。
ある年の大晦日、明日は正月だというのに半兵衛の家に米は1粒もなく、おまけに薪もないので、2人は布団の中で寒さに震えていた。あまりの寒さにとうとう我慢が出来なくなった半兵衛は、囲炉裏でござを燃やして暖をとった。すると貧乏神も寒かったとみえて、囲炉裏の火にあたりに現れた。
さて、正月だというのに餅も酒もない家を見て、さすがの貧乏神も見かねたのか、熊手を2本取り出し、これを街で売って酒と餅を買ってくるよう半兵衛に言った。無精者の半兵衛、気が進まなかったが、仕方なく熊手を持って街に売りに出かけた。
ところが、年の瀬の街はみな忙しく、誰も半兵衛の熊手など買う者はいなかった。がっかりして半兵衛が家に帰ろうとすると、炭焼きの男が歩いて来た。この男も、やはり持ってきた炭が売れず家に帰るところだった。このまま熊手を家に持ち帰っても仕方ないので、半兵衛は熊手を男の持っている炭と交換した。
しかし餅や酒を待ちわびていた女房のきねは、炭を担いで帰って来た半兵衛を見て怒り出す。半兵衛も馬鹿馬鹿しくなり、やけになって炭俵の炭を全部囲炉裏にくべてしまう。すると炭俵の炭をいっぺんに燃やしたものだから、部屋の中は汗をかくほど暑くなった。暑いのが苦手な貧乏神、これには参ってしまい、この家から出て行くことにした。最後に貧乏神は、置き土産と言って熊手を1本置いて家を去っていった。
翌朝、半兵衛は正月くらい掃除をするかと思い、何気なく貧乏神の残した熊手で部屋のワラくずをかき集めた。すると何としたことか、熊手で集めたワラくずは米俵に変わってしまった。さらにこの熊手で鉄クズを掃けば鉄クズは小判に、草を掃けば野菜になったので2人はいっぺんに裕福になった。
今でも大晦日に大火を焚いたり、縁起物の熊手を買ったりするのは、こうした謂れがあるからだそうだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-12-5 18:39)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 垣内稔(未来社刊)より |
出典詳細 | 安芸・備後の民話 第一集(日本の民話22),垣内稔,未来社,1959年11月25日,原題「貧乏神の置きみやげ」,採録地「賀茂郡」,話者「梅田某、原吉雄」 |
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