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No.0216
はだかぶひょう
はだか武兵

放送回:0134-A  放送日:1978年05月13日(昭和53年05月13日)
演出:青木久利  文芸:沖島勲  美術:青木久利  作画:青木久利
岐阜県 ) 15823hit
あらすじ

昔、中山道沿いの鵜沼宿というところに武兵という男がおった。武兵は子供のころから乱暴者で、今は茶屋坂の小屋で一人で暮らし、雲助(人足)をしておった。武兵は体も大きくて力も強く、そしていつもふんどしをつけているだけの裸であった。そこでみんなは武兵のことを「はだか武兵」と呼ぶようになった。

ある日、仕事の帰りに武兵は茶屋坂の小屋まで帰らずに、木曽の須原宿で夜を過ごすことになった。神社の床下で寝ていると、武兵を揺り起こすものがおる。それは疫病神であった。疫病神は自分と手を組まないかと武兵に言った。疫病神がいるところに武兵が行く。それを見計らって疫病神がその場を去る。するとたちまち、その場所にいいことが起こる、というものである。

半信半疑の武兵であったが、中津川まで帰ってくると雲助仲間が高い熱を出してうなされておった。見ると疫病神が雲助の部屋のたんすの上におる。武兵が部屋の中に入ると、疫病神は出ていき雲助は元気になった。それからというもの、熱を出すものがおると、武兵が来ればたちまちよくなるといううわさが中津川の宿場町全体に広がった。

ある日、大湫(おおくて)宿に長州のお姫様の一行が通りかかった時に、お姫様が急に高い熱を出して寝込んでしまった。宿場町沿いの医者が集められたが、どの医者もお姫様を治すことができなかった。

そこで武兵が呼ばれていった。周りの者はお姫様の元に行かせる武兵に着物を着せるのであったが、武兵は着物を破いてしまうので、しかたなくはだかのままお姫様の元へ通すことになった。武兵はそのまま一晩中、お姫様の元にいた。やがて夜が明けるころ、疫病神はお姫様の元を去って行った。するとお姫様はたちまち元気になった。家老は武兵に大変感謝し、何か褒美を取らすと言ったが、武兵は何もいらないと言って去って行った。

こうして武兵のことは、中山道沿いで大変有名になった。今でも中津川市の旭ヶ丘公園には武兵の墓と伝わる石碑が残っている。この石碑をたたくとよい音がして、病気になることはないと伝えられている。

(投稿者: カケス  投稿日時 2013-10-27 13:26)


ナレーション市原悦子
出典赤座憲久(未来社刊)より
出典詳細美濃の民話 第一集(日本の民話51),赤座憲久,未来社,1973年09月10日,原題「はだか武兵」,採録地「中津川市」,中津川市旭が丘公園の碑より
場所について中津川の旭が丘公園
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※掲載情報は 2013/10/27 13:59 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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