昔、今の広島県安佐郡馬木の里というところは、いくつもの丘が連なるところであった。
その中の彦太郎谷というところにある庵に、天基上人と呼ばれる坊様が住んでいた。いつの頃からか、この庵の床下に年老いた夫婦のタヌキが天基上人の法華経を聞くためにやって来るようになった。
ある日のこと、この年老いた夫婦のタヌキが「今夜は寒いので、中に入れてほしい」と頼んできた。天基上人は快くタヌキ夫婦をを迎え入れた。それから毎日、タヌキ夫婦は暖かい庵の中でお経を聞くようになった。
このタヌキ夫婦は大変賢く、天基上人へのおみやげとして木の枝や山芋などを持ってくることもあった。また、村人たちが天基上人のお経を聞きに庵に集まっているときには、旅人に姿を変えてそっと庵に入ってくるのであった。
ある冬も近くなった日のこと。タヌキ夫婦は「これから寒さが厳しくなると、お経を聞きに来ることもできなくなる。ありがたいお経を書いてほしい」と天基上人に頼んだ。天基上人は「南無妙法蓮華経」と書いた紙をタヌキ夫婦に渡した。
やがて春になると、タヌキ夫婦は再び天基上人のところへ来るようになった。そして「上人様からいただいたありがたいお経のおかげで、冬の間病気もせず、猟師に鉄砲で撃たれるようなこともなかった」と、天基上人に大変感謝した。
ある雨の夜のこと。タヌキ夫婦は「自分たちも年を取ったので、お経を聞きに来るのは今夜が最後になる。今まのお礼をさせてほしい」と天基上人に言った。天基上人は「村人たちが大雨の時に水がすべて、大川の方へ流れてくれればよい、と言っている」と答えた。
それから後、大川のほとりにタヌキ夫婦が寄り添っているように見える、大きな岩があった。この岩は大水の時に大川へ水を戻して村を水害から守っているということである。
(投稿者: カケス 投稿日時 2013-10-31 22:00)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 垣内稔(未来社刊)より |
出典詳細 | 安芸・備後の民話 第一集(日本の民話22),垣内稔,未来社,1959年11月25日,原題「天基上人と夫婦狸」,採録地「安佐郡」,話者「田川辰兵衛、辻治光」 |
場所について | 広島市東区馬木 デイリーヤマザキの側に夫婦岩がある |
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