昔、伊豆天城山の山中に働き者の若い炭焼きの夫婦が住んでいました。ある時母親は小さな女の赤ちゃんを残して病で死んでしまいました。残された若い夫は悲しむ暇もなく毎日赤子の世話に追われました。「ちちこ」というものを煮て飲ませますが、母親の乳のようにいかず赤子はよく泣くのでした。
ある日のこと山に入って仕事をしていましたが赤子はひもじいのか泣いてばかり。父親がちちこをやっていると見かけない女が柳の下に立って「赤が切な気に泣いてますのう」と言います。母親に死なれたものでと事情を話すと、それはお困りでしょう、私の乳をあげましょうと柳の木の根元に座りお乳を飲ませ始めました。久しぶりに飲む本当のお乳が美味しいのか赤子はいつまでも胸に取りすがって満足して眠りました。
女は明日からもお乳をあげるので連れて来たらよいですよ、ただしここで乳をもらっていることは誰にも言ってはいけませんと言うのでした。次の日も女は現れ同じように乳を飲ませてくれ、柳の木の下でお乳をあげたので赤子の名を「お柳」と名付けました。こうしてお柳は日増しに大きく育っていきました。
そんなある日のこと、男とお柳は久しぶりに山を降りました。お柳がすくすく育っていることを不思議に思い驚く村人達に、男は乳をくれる女の人のことを話しました。そしてその時に恩人である女の人の名前も聞いてないことに気づき、今度会ったら絶対に聞こうと思いました。
ところが次の日女の人は現れませんでした。「今日に限ってどうしたんじゃろう、そうか、わしがみんなにしゃべったので来られんようになったんじゃろうか?」男はすっかり後悔しましたが女の人は二度と現れませんでした。そのころようやくお粥がすすれるようになっていたお柳はそれでも山の方に向かって「おかか、おかか」と泣いておりました。
それから何年もの歳月がたちすっかり美しい娘に成長したお柳は縁あって里の若者のところへ嫁入りし今年可愛いい赤ちゃんを産みました。父親は娘が山の家に訪ねてくれるのをとても楽しみにしていました。
ある日久しぶりに子供を連れて訪ねて来たお柳の元気がないのに気づいた父親が訳を聞いてみると、どういうわけか乳が出ないのだという。父親は昔お柳が小さかった頃乳をくれた女の人のことを思い出しました。お柳も同じ思いだったのか「お父、もう一度あの木の下へ行ってみよう」と言います。
こうして二人は久しぶりにあの柳の木の下にやって来ました。お柳は懐かしさにかられながら、そっと木に寄り添い手で触れてみると思わず大声を出しました。「お父、この太い幹のところ、まるで乳コブのようじゃ」ほんにその柳の木の幹はまるで女の人の乳房のように見えました。そして不思議なことにお柳が何気なくその乳コブを吸ってみると急に自分の乳が張ってくる感じを覚えたのです。
お柳は赤ん坊を抱くと柳の木の下に座り、乳首をふくませるとまるで嘘のように乳があふれました。それは本当に不思議なことでした。まるでお柳が赤ん坊だった時に乳をもらっていた時とそっくりな姿に父親は目を疑いました。
こうしてお柳が柳の木のコブを吸うと乳が出たという噂はたちまちあちこちに広がり、乳が出なくて困っている国じゅうの母親たちが集まって来たということです。すると不思議にどの母親も乳がでるようになったということです。
(投稿者: かめ子 投稿日時 2012-4-25 22:00 )
ナレーション | 未見のため不明 |
出典 | クレジット不明 |
出典詳細 | 伊豆以外にも、『兵庫の民話』(宮崎・徳山,未来社)もしくは『兵庫県の民話』(偕成社)「おりゅうヤナギ」かもしれない |
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