昔、小津(おづ)にトクユウさんというおじいさんがいて、坂本(さかもと)から小津まで渡す荷運びの船頭の仕事をしておりました。
ある日、坂本からの帰り、天気がひどく悪く小津に帰るのが深夜になった時のことです。船を岸につけてひとまず一服していると、ふいに音がして、トクユウさんがはっと顔を上げると船に美しい女が座っていました。
見知らぬ女は、泣きながら「対岸の坂本へ連れていって欲しい」と頼みます。実は自分は既にこの世のものではなく、今日が四十九日で明日には冥土に行かなくてはならないが、せめてその前に一目、子(やや)に会いたいのだと事情を話します。
子(やや)を残して死なねばならなかった女が気の毒になったトクユウさんは、坂本へ船を出してやります。その道すがら、女は何故自分は死んだのかを話しはじめました。
彼女は武家の殿方と身分違いの恋仲になり、男の子を授かりました。すると男は女に金を投げて渡し、跡取りにできる子どもだけを連れて行ってしまったのでした。そして、子どもを取り返そうと必死になった女は、近くに停めてあった船に乗って後を追いかけました。しかし、沖で転覆し、荷物もろとも琵琶湖に沈んで命を落としてしまったのでした。
女は続けて、トクユウさんに「琵琶湖の底から拾ってきました。貴方の壺なのでお返しします」と壺を渡した。トクユウさんは、二ヶ月前に自分の船を沈めたのが彼女であったことを知り、男の罪深さを思うのでした。
ようやく坂本について、お屋敷に向かうと女が泣いて立ち止まります。なんと屋敷には魔除けの札がしてあります。トクユウさんはその魔除けの札を取り除いてやり、女に子どもとの最後の時間をあげました。屋敷に入ることができた女は、泣きながら自分の子どもを抱きしめ、最後のお別れをしたのでした。
夜明け前になって女はトクユウさんにお礼を言うと、満足そうに冥土に旅立っていきました。トクユウさんは、幽霊からもらったその壺を、「親と子の絆の品」として後世に伝え残したということです。
(投稿者: もみじ 投稿日時 2012-6-17 1:24)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 滋賀のむかし話(日本標準刊)より |
出典詳細 | 滋賀のむかし話(各県のむかし話),滋賀県小学校教育研究会国語部会,日本標準,1976年02月10日,原題「ゆうれいつぼ」 |
場所について | 滋賀県守山市の小津地区(地図は適当) |
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