むかしむかし、ある所に一人の若い男が住んでおった。男は貧しい一人者じゃったが、一羽の鶯をたいそう可愛がっておった。ところがある年の冬、三年続きの不作で暮らしが成り立たなくなり、男は都に出て奉公しようと心に決め、大切な鶯を空に放って旅立った。
旅立って四日目の夕暮れ、吹雪の枯れ野原を歩いていた男がもう駄目だと思った時、大きな家の灯りが見えた。男が走り寄って戸を叩くと美しい女が現れた。その家にはたくさんの部屋があったが、女は五番目の部屋に男を案内した。その部屋はこの世のものとは思われぬ程立派で、庭には梅の花が一杯に咲いておった。男は出されたご馳走を食べ、その夜はこの家に泊めてもらった。
次の日の朝、男が目を覚ますと、女は既に朝飯の支度をしており、これから出かけるので留守番をしてくれないかと言うた。男が承知すると、女は『留守番の間どの部屋を使っても良いが、十番目の部屋だけは決して開けて見ないで下さい』と言い置いて出かけて行った。そうして女は夕食頃には戻ってきて、男はその夜もこの家に泊まった。こうして同じことが毎日繰り返され、瞬く間に一月程が経った。
そんなある日、男は女が開けるなと言った部屋を無性に見たくてたまらんようになった。男が十番目の部屋の戸を開けると、中は吹雪の枯れ野原じゃった。
「とうとう開けてしまいましたね。私はあなたに可愛がってもらった鶯です。」いつの間にか家は消え、枯れ野原にあの女が立っていた。「あなたの苦労を癒そうと、春の女神様がお出ましになる天のお座敷をお借りしたのです。約束を破ったからには、元の姿に戻らねばなりません。」と言うと、女はたちまち鶯に変わって飛び去った。
「待ってくれ、一緒に里に戻ってもう一度やり直そう!だから私の元に戻ってきておくれ!」男は言葉を尽くして鶯を呼び、枯れ野原を彷徨ったが、二度と鶯の姿を見ることはできんかった。
ただ、春の女神様は春になるとお出ましになり、今まで通り、鶯を美しい声でお鳴かせになるという。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-6-30 10:11 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 松岡利夫(未来社刊)より |
出典詳細 | 周防・長門の民話 第二集(日本の民話46),松岡利夫,未来社,1969年10月20日,原題「見るなの座敷、鶯の恩返し」,採録地「阿武郡、大津郡」,話者「福永カネ、杉田元市」 |
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