昔々、ある村でのこと。その村は土地が農地に適さなかったため、人々は農作物を育てるのにとても苦労していた。
ある年の事。その年も農作物の出来は悪かったが、一つだけ元気に育っている大根があった。人々はこの大根に希望をつなぎ、肥やしや水をたっぷり与え、大切に育てた。大根は、人々の思いに応えるかのようにグングン成長し、やがて山ほどもある巨大な大根となった。
大喜びした村人たちは、みんなで力を合わせて大根を引っこ抜き、これを食べようとしたところ、大根が泣き出した。大根は「食われたくねぇ」と懇願する。村人は、人の言葉を話すこの大根を食べるのに忍びなく、そのまま村において育ててあげることにした。
すると、この村では大雨や大雪などの害を受けなくなった。それはあの大根が、村の前にでんと立って、壁代わりになっていてくれたからだった。村人達は大根に感謝し、大根と人間達は良好な関係を保っていた。
しかし、月日が経つにつれ、村人達は大根の存在がだんだん邪魔になってきた。というのも、大根は水や肥やしが切れると大声で泣くからだ。食べることも出来ない大根に、大量の水や肥やしをあげるのが面倒になってきた村人達は、ある日、大根の前に集まった。そして大根に言った。「出て行ってくれんかの」と。
大根は大変悲しみ、誰かが引き止めてくれる事を願ったが、引き止める者は誰もいなかった。泣く泣く、大根は村を去っていった。
しかし、それからというもの、村はまた以前のように大雨や大雪の害を受けるようになった。村の盾になってくれていた大根が、いなくなってしまったからである。村人達はようやくその事に気付き、大根に帰って来てもらおうと、必死になって探したものの、後の祭りだった。どこを探しても、もうあの大根は見つからなかったという。
(投稿者: パンチョ 投稿日時 2012-8-26 1:10 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 武田正(講談社刊)より |
出典詳細 | 東北に残った大坂の昔,武田正,講談社,1976年04月24日,原題「大根むかし」、話者「佐藤孝一」 |
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