昔、八王子のあるお寺に新発地(しんぼち)という身体の大きな子坊主がいた。この新発地はいつの頃からか、夜になると和尚には内緒でどこかへ出かけるようになり、朝方には必ず寝床に戻ってくるが、身体にはあちこちかすり傷を付け泥だらけになって帰ってくるのだった。
そんな事が毎日続くので心配した和尚がある朝新発地に訳を尋ねてみると、実は西の方の民部様(みんぶさま)の館に毎晩招かれご馳走になっているのだが、身体のかすり傷の理由だけは恥ずかしくて話せないと言う。西の方は山ばかりで家は一軒も無かったはずだと不思議に思った和尚は民部様という人物の素性を確かめようと考え、普段のお礼として今度はこの寺に招待してさしあげるよう新発地に言うのであった。
あくる日の夜、新発地の案内で民部様がお供を連れてやってきた。和尚は新発地への礼を述べた後ご馳走を出し、お酒も入り宴も盛り上がってきた所でお互いの力自慢の話になると民部様と新発地は寺の庭で相撲を取る事になった。ところが民部様の強い事といったら尋常ではなく、新発地が何度立ち向かっても散々投げ飛ばされ結局一度も勝つ事ができなかった。こうして宴は夜中まで続いたが、朝が近づいた頃民部様はお供の駕籠に乗って帰っていった。
新発地の身体の傷は、毎晩西の館で民部様と会い相撲を取ってできた物だった。さらに新発地は昨夜のように民部様に毎回負けてばかりだった事が恥ずかしく今まで隠してきたと告げるが、和尚は新発地が騙されていただけだと笑い飛ばす。まさかと思い新発地が外に出てみると寺の庭のいたる所に狐の毛が散らばっており、あの怪力は人間の業ではなく相撲好きな狐の妖術だったのだ和尚は言う。驚いた新発地は、夜になるのを待ちかねて西の館へ急ぐと民部様に本当の事を尋ねた。すると和尚の言う通り、民部様達は西の森に住む狐達だったのである。
昔から狐仲間と相撲を取っていた民部様は強過ぎて相手がいなくなったために人間の新発地を相手に選んだのだが、正体がばれた以上ここには住めないので川越の方へ逃げると言い残すと、狐達は館もろとも消えてしまう。後には竹藪が風で揺れるばかりであった。
この狐達が逃げた先というのが川越の民部稲荷で、別名「相撲稲荷」とも呼ばれている。打ち身や擦り傷によく効く御利益があるといわれ、願をかける時は相撲の絵馬を納めているという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2012-1-9 1:27 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 埼玉県 |
場所について | 民部稲荷神社(丸広百貨店の屋上) |
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