昔、伊予の山奥に、侍であった一人の男が住み着いておった。
ある日のこと、洞窟から綺麗な水が流れる深い谷で、男は鷹と蛇の戦いを見た。大きな鷹が、今にも大蛇に飲まれようとしていた。男は、鷹の命を惜しいと思った。「放してやるわけにはいかぬか!」男は手にした棒を構え、大蛇に問うた。大蛇は気合に押されて、がっちり咥えていた鷹を放した。鷹はよろよろ飛び去ったが、男は大蛇が吐いた毒気をまともに浴びてしまった。
男は何とか自分の小屋へ戻ったが、高熱を出しそのまま一人病みついた。そんなある夜、美しい旅の女がやって来た。女は、頼まれもしないのに男の看病を始めた。女は奇妙な赤い実を男に食わせ、かいがいしく世話をしたが、病は悪くなる一方だった。
何日かがたち、今度は一人の六部が男の小屋にやって来た。六部は、この病は崖の松に住む鷹の卵を食べさせなければ治らないと女にせまった。女はしかたなく鷹の卵を取りに出かけた。女が松の木の下に立つと、その姿はいつかの大蛇へ変わり、ずるずると松の木を登っていった。
大蛇が鷹の巣から卵を取ろうとした時、岩山の向こうから朝日が昇り、その強い明るい光が大蛇を釘付けにした。朝日は岩の上で男を抱きかかえる六部の上にも降り注いだ。すると六部も、いつかの鷹に姿を変え岩山から飛び立った。
大蛇は計略にはまった。攻撃を繰り返す鷹に対し、大蛇は卵が喉につかえて毒気を吐くことができなかった。激しい戦いはやがて終わり、谷底へ向かって大蛇の屍骸がゆっくりと落ちていった。男の体からは毒気が抜け、鷹の恩返しによって命を救われた。
だが、男の心は晴れなかった。「鷹と蛇と、どちらが生き残るのかは人間が決めることではなかった」男は自分を殺そうとした蛇を真心込めて葬った。そうして、ここに人間が入ってはならぬのだと悟った男は、いづこかへ立ち去ったということじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-6-20 22:55 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 武田明(未来社刊)より |
出典詳細 | 伊豫の民話(日本の民話09),武田明,未来社,1958年06月30日,原題「鷹の恩返し」,採録地「東宇和郡」 |
場所について | 伊予国 |
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