昔、宮城県牡鹿半島の辺りに網地島(あじしま)という小さな島があり、この島の漁師たちは毎日魚を獲って暮らしていたが、この島の沖合にはいつの頃からか恐ろしい海坊主が出るようになり、海坊主が起こす大時化で魚がすっかり獲れなくなってしまった。困り果てた島の漁民達は、海の神である龍神様を海の見える丘の一本松の根元に祀り、海の幸のお供え物で大漁と魔除けを祈願した。
龍神様のおかげで海坊主も出なくなり安心して漁ができるようになったが、この島には甚兵衛(じんべえ)という大層怠け者な馬飼いがおり、この男は自分の仕事を放り出し昼日中から酒浸りで、馬を厩に戻すと隙を見て龍神様にお供えした貝や魚を盗み、それを酒の肴に食べてしまった。すると穏やかだった海がまた以前のように荒れだすので、漁民達は次の日、もっと立派な鯛と御神酒をお供え物をして漁に出かけたが、甚兵衛はそんな事を意にも介さず懐に入れ、裏道から家に帰るとこれも貪り尽くしてしまった。
そしてその晩、眠りこけた甚兵衛の元へ嵐の中訪ねてくる者がある。目を覚ました甚兵衛が戸を開けるとそこには誰もいない。気のせいかと甚兵衛が戻ろうとすると、なんと海坊主が戸口から大きな手を伸ばし甚兵衛を捕まえようとするのであった。
海坊主が言うには、今まで甚兵衛が盗んだ龍神様のお供え物は元々自分の物であり、お供え物の代わりに甚兵衛を海に連れていこうとする。甚兵衛も家の柱に掴まり必死に抵抗するが、海坊主も甚兵衛のせいで何も食べておらず死に物狂いで甚兵衛を引っ張り続ける。しかし甚兵衛の獲って食われまいという一心は凄まじく、とうとう海坊主は諦めるが同時に柱も折れて甚兵衛の家は崩れてしまい、瓦礫の中で「代わりにお前の馬を貰っていく」という海坊主の声と馬の嘶きを微かに聞き、甚兵衛は気を失ってしまう。
翌朝甚兵衛は崩れた厩から続く海坊主の足跡を辿り、そこで海辺の岩場にはっきりと残る馬の蹄の跡を見つけた。甚兵衛の馬は堅い岩にめりこむほど最後まで踏ん張ったが、力の強い海坊主に根負けして海の中に引きずり込まれてしまったのだ。その朝、丸い頭をした黒い生き物が沖の方へ揺れながら泳いでいくのを島の漁師が見たというが、それ以来、甚兵衛は龍神様のお供え物に決して近づかなくなったため海坊主も現れなくなり、島は栄えたという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2012-1-4 3:52 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 東北農山漁村文化協会(未来社刊)より |
出典詳細 | みちのくの民話(日本の民話 別1巻),東北農山漁村文化協会,未来社,1956年06月10日,原題「海ぼうずの話」,話者「宮城県牡鹿町網長小学校の高田謙二」 |
場所について | 宮城県牡鹿の網地島(あじしま)(地図は適当) |
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