むかしむかし、三河の国大浜の元本堂(もとほんどう)の森に、性悪狐が住んでおった。
元本堂の裏の浜辺には、いつ、どこからやって来たのか庄左衛門(しょうざえもん)という老人が一人で住んでおった。庄左衛門の作る薬は大層良く効き、また気さくな人柄じゃったので、村人は「庄左さ」と呼んで親しんでおった。
ある日、庄左衛門は薬草を取りに山に出かけ、元本堂の狐が足から血を流して苦しんでおるのを見つけた。庄左衛門が傷口に薬を塗ってやると、狐は足を引きずって山へ帰って行った。
しばらく経ったある月夜、庄左衛門が薬を作っていると、元本堂の狐がやってきた。狐は傷が治ったことを見せるかのように、家の前の芒野原を跳ねまわった。それからというもの庄左衛門と狐はすっかり打ち解け、狐は毎日庄左衛門の所にやって来るようになって、村で悪さをしなくなったそうな。
ある寒い冬の夜のこと。村の祝言に出席した帰り道、庄左衛門は海岸の崖で足を滑らせて海へ落ちてしもうた。岩にぶつけて額は割れ、大怪我をしていたが庄左衛門は必死に崖を這い上がった。そうして着物の袖をちぎって額に巻き、這いずって家に向かった。じゃが、あと少しという所まで来て、庄左衛門は気を失ってしもうた。
しばらくして庄左衛門が気がつくと、そこは家の中じゃった。額に手をやると、巻いたはずの布も、割れたはずの傷もない。不思議に思いながら家の外に出ると、庄左衛門の倒れていた同じ場所に、元本堂の狐が額に布を巻いて倒れておった。
見ると、狐の額は割れ、全身大怪我をしておるではないか。狐は、傷を治してもらった恩返しに、身代わりになって庄左衛門の命を救ったのじゃった。庄左衛門が泣きながら狐を抱き上げると、狐は一声鳴いて、そのまま息が絶えてしもうた。
庄左衛門はそれっきり、村から消えてしまった。どこへ行ったか誰にも分からなかった。ただ、庄左衛門が去った後に、狐の墓がぽつんと建てられておった。今はもう狐の墓もないが、狐塚という土地の名前だけが残っておるそうじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-9-8 16:37)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 寺沢正美(未来社刊)より |
出典詳細 | 三河の民話(日本の民話65),寺沢正美,未来社,1978年04月10日,原題「狐塚」,採録地「碧南市」,話者「杉浦玉蔵」 |
場所について | 三河国の大浜 |
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