むかし、三重の大矢知村の外れに留(とめ)という子供がおった。親も兄弟もなく、畑もなしで、犬のポチと一緒に、毎日人に頼まれた荷物を運んではその駄賃で暮らしをたてておった。
留は毎日一所懸命働いたが、まだガキじゃからと少ししか駄賃を貰えないこともしばしばじゃった。峠の団子屋のばっちゃんだけが、そんな留を何かと気遣っておった。
さて、ある日のこと。垂坂山(たるさかやま)の向こうへ品物を届けた留とポチは、とっぷりと日が暮れた山道を帰ってきておった。大きな杉の立ち並ぶ峠に差し掛かった時のことじゃ。
「今、何時じゃあ!」と、いきなり大きな杉木立の上から天狗の物凄い声が降ってきた。四つ時じゃと留が震えながら答えると、今度は藤の蔓が降ってきて、「腹が減ったで、これで豆腐を買うて来い!」と、また声が降ってきた。「藤の蔓で豆腐が買える訳がない。」と留は思うたが、突然大風が吹いて来て、留とポチはあっという間に豆腐屋の前まで飛ばされてしもうた。不思議なことに、豆腐屋はまるで前から承知しているように愛想よく、藤の蔓に豆腐を結わえつけてくれたのじゃった。
留とポチは、また大風に吹き飛ばされて元の峠の道へ戻ってきた。豆腐を天狗に渡した留は、恐ろしかったが「豆腐を食べる前に、駄賃を払って下せえ!」と、精一杯声を張り上げて言うた。すると「これからはお前達にうんとええことが授かるじゃろう。それが今日の駄賃じゃあ!」天狗の高笑いと共にまた大風が吹いて来て、留とポチは峠の団子屋まで飛ばされて、無事に帰ることが出来たのじゃった。
そうして次の日の朝。なんと留の家の土間の土の中から、一文銭がぎっしり詰まった壺が出て来たのじゃ。さらに、留が小川で顔を洗おうとすると、水の中は小判で一杯じゃった。これが天狗様からの駄賃じゃった。
留はこのお金で土地を買うて一所懸命耕した。不思議なことに留の畑で作る作物は皆、大豊作じゃったそうな。そうして留はたちまち村一番のお百姓さんになったそうな。そうして留は、天狗様のことや、貧乏で山のような荷物を運んでいた頃のことを忘れないために、天狗様に遭った日には必ず一丁の豆腐を買うてきて、皆で分け合って食べたそうじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-1-21 23:21 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 三重県 |
DVD情報 | DVD-BOX第7集(DVD第31巻) |
場所について | 四日市市の垂坂山(天狗が住んでいた山) |
本の情報 | 講談社テレビ名作えほん第089巻(発刊日:1987年11月) |
講談社の300より | 書籍によると「三重県のお話」 |
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