筑後川の川口あたりは、流れはゆるいが川幅が広いため、橋を架ける事ができませんでした。だから若津から向こう岸の諸富(もろどみ)までは、渡し船が行き交っていました。
夏の始めの頃、この筑後川に若者が小さな船を浮かべて、一向に引く様子の無い釣り糸を垂らしていました。そんな時に、船を出す船頭の声が聞こえ、みすぼらしい姿の旅の坊さんの声が聞こえてきました。坊さんは「一文の銭もないのだが、船のすみっこに乗せてくれないか」と頼みましたが、船頭は「金がないなら乗せられない」と、ぷいと横を向き、つつっと船を押し出してしまいました。
魚釣りの若者は、そんな一部始終を見ていましたが、何か自分の体の内側から強くゆり動かされる気持ちを感じていました。若者は、坊さんの前に小舟を付けると、坊さんを乗せて向こう岸まで運び始めました。若者は坊さんと話をしながら、さも楽しそうに船をこぎ続けました。
向こう岸に着くと、坊さんは「何かお礼をしたいので」と言いながら、ヨシの茂みの中に入って行って、ヨシの葉を一枚にぎって出てきました。「せめて今よりもマシな釣りができ、そして末永い間の暮らしの足しになれば」と、ヨシの葉を川へ投げ入れいました。
すると不思議なことに、ヨシの葉は水中でくるりくるり回るたびに、無数の銀色の魚にかわってあちこちに散らばって行きました。「美しい人の心が、一枚の葉を生きて動かしますのじゃ」と言い残した坊さんは、いつの間にかいなくなっていました。
それから時がたち、若者は父親になり、この魚をとって暮らしを立てました。この魚はエツ(斉魚)と呼ばれ、とても美味しい魚だそうです。
(紅子 2012-7-27 2:16)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 福岡のむかし話(日本標準刊)より |
出典詳細 | 福岡のむかし話(各県のむかし話),福岡県民話研究会,日本標準,1973年02月10日,原題「ぼんさんのお礼」,文「石橋千幸」 |
場所について | 筑後川の諸富付近(地図は適当) |
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