No.0500
たなかちょうじゃ
田中長者

放送回:0314-A  放送日:1981年11月07日(昭和56年11月07日)
演出:やすみ哲夫  文芸:沖島勲  美術:あかばんてん  作画:やすみ哲夫
福岡県 ) 13121hit
あらすじ

昔、九州の太宰府に近い通古賀(とおのこが)という所に、田中長者と言う大変な長者がいた。その屋敷の広さと言ったら、使用人でさえ迷子になる程で、また屋敷には数えきれないくらいの蔵があった。そんな大金持ちの田中長者であったが、決して人に対して威張るという事はなく、そのため村人や使用人たちからたいそう尊敬されていた。

ところで、この通古賀から山一つ隔てた隣村には、これまた大金持ちの虎丸長者という長者がいた。この虎丸長者は、田中長者とは対照的に、自分が金持ちであるという事を鼻にかけ、いつも隣村の田中長者に対抗心を燃やしていた。

ある時、虎丸長者は自分の財力を通古賀の村人や田中長者に見せつけるため、千人の使用人を引き連れて、太宰府の寺にお参りに行くことにした。千人の長い行列は、太鼓や笛などを鳴らしながら、にぎやかに通古賀の村を通り過ぎて行く。

さて、その太宰府からの帰り道のことであった。虎丸長者が田中長者の屋敷の前を通りかかると、折から雨が降り始めた。虎丸長者はちょうど良いと、田中長者から傘を千本借りることにした。いくら田中長者でも、傘千本は用意出来ずに泡を食うだろうと思ったからだ。ところが田中長者は、新品の傘を千本いとも簡単に用意して、虎丸長者の使用人に持たせた。

これに悔しい思いをした虎丸長者、何とか田中長者に一泡吹かせようと、今度は千人の大飯食らいを集めた。傘を返すのを口実に、田中長者の屋敷に千人の大飯食らいを昼飯前に向わせたのだ。これにはさすがの田中長者もさぞ困るだろう。

ところがどうだろう。田中長者の屋敷では、ちょうどご飯を多めに炊き過ぎたと、千人の大飯食らいをもてなし、さらに食べきれなかったご飯は、一人三つずつお握りにして渡し、計三千個の握り飯をもらって帰って来たのだ。

これを見て、とても太刀打ち出来ないと思った虎丸長者は、二度と田中長者と張り合おうとしなかったそうだ。

(投稿者: やっさん 投稿日時 2012-8-7 18:35)


参考URL(1)
http://doctor.sujaku.com/?eid=19
ナレーション常田富士男
出典太宰府の伝説より
DVD情報DVD-BOX第9集(DVD第43巻)
場所について太宰府市都府楼南の田中の森
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このページを印刷
地図:太宰府市都府楼南の田中の森
追加情報
講談社の300より書籍によると「福岡県のお話」
このお話の評価9.6000 9.60 (投票数 15) ⇒投票する
※掲載情報は 2012/8/7 18:35 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
お話の移動 ( 24  件):   <前  1 ..  5  6  7  8  9  10  11  .. 24  次>  
コメント一覧
3件表示 (全3件)
アーリアジャースル  投稿日時 2017/7/30 17:45
米を炊きすぎたところが一番面白かったです。
みたらし坊主  投稿日時 2012/4/5 18:41
♪た~なか長者は金持ち長者~お米の山に金の山~

この歌すごくよく覚えている。
マニアック  投稿日時 2011/10/21 21:27
残念ながら、詳しいストーリーは忘れてしまったが、左側にいる黒ひげの人が「とらまる長者」という名前だった事は、覚えている。
投稿ツリー
3件表示 (全3件)
新しくコメントをつける

題名:
ユーザ名:
投稿本文

投稿に関してのお知らせ

基本的に、誰でもご自由に投稿できます。お話の感想やコメントなどお気軽に投稿ください。
あらすじ投稿の場合は800文字前後を目安とした文章でお願いします。
投稿に対して一部IP規制を行っております。現在規制されているIPリストはこちらです。
※初めての方は「このサイトについて」もご一読下さい。(別ウインドウで開く)
※社会的倫理に反する書き込み、出会い系、営業的書き込みは、わりとすぐ消します。
※動画提供の呼びかけや要求はご遠慮ください、当サイトは動画データの有無とは関係ございません。

現地関連情報
出典本調査 facebook
Twitter

オンライン状況

45 人のユーザが現在オンラインです。 (26 人のユーザが お話データベース を参照しています。)

新着コメント(コメント24件)