むかし、ある所にとても臆病な男がいた。
この男の臆病なことと言ったら、いい年をして夜中一人で小便にも行けない程であった。それで仕方がないので、夜中に用が足したくなると、いつも女房を起こして便所までついて来てもらうのだった。
ある夏の日、男は村の法事に呼ばれた。ところが、男は日が暮れてから夜道を帰るのが怖かったので、お煮しめにも魚にも手をつけず、夕方のうちに家を帰ることにした。男は暗くなるのが怖くてあわてて帰るものだから、途中で転んで腰を打ち、這うようにしてようやく家に帰ってきた。
ところが男が家の戸口まで来たとき、男の首筋になにやら冷たいものが触れた。「ひゃー!!化け物、そのひゃっこい手をどけてくれろ!!」男の悲鳴を聞いて女房が出てみると、昼間に夕立が降ったため、軒先から雨んぶち(雨しずく)がしたたり落ちていた。何のことはない、男の首筋に雨んぶちが落ちただけのことだ。男は、これを化け物の冷たい手だと思ったのだった。
「なーんだ、雨んぶちでねえか。」女房は男の首筋を手ぬぐいで拭いて家の中に入った。「他の化け物も、みんな雨んぶちみたいなもんや。」
女房のこの言葉を聞いて、男は化け物なんかみんな雨んぶちみたいなものだと思うようになった。そして男の臆病は直り、夜中に一人で小便にも行けるようになった。
それからしばらくして、村では化け物の噂が立った。男は女房からこの話を聞くと、「化け物なんか、みんな雨んぶちじゃ!!なぜ皆の衆はわからんのか?」こう言って竹ざおを持つと、化け物を倒さんばかりの勢いで、夜中に家を出て行った。
すると、墓場の横で化け物が「ついてんこ~、ついてんこ~(ついて来い、ついて来い)」と言いながら手招きをしている。これを見た通行人は、腰を抜かして気を失ってしまう。ところが、にわかに怖いもの知らずになったこの男、化け物を竹ざおで突付きながら言う「ほら、どこさ行く?はよ行け!!」こうして男は、化け物を竹ざおで突っつきながら、小川に架かる橋のところまで来た。
ところが橋のたもとまで来ると、化け物は姿を消してしまった。男は不思議に思いながら、小川の中を竹ざおで突っついてみた。すると竹ざおが何かに当たり、シャリシャリ音がする。男が小川の中に入ってみると、なんと小川の底には小判がたくさん入った壷があった。
長い間、冷たい川の底にあった小判の壷が、人に使って貰いたくて化けて出たのだった。
この小判のおかげで、夫婦は前にも増して仲良く幸せに暮らしたそうだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-9-24 15:24 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 川崎大治(童心社刊)より |
出典詳細 | 日本のおばけ話(川崎大治 民話選2),川崎大治,童心社,1969年3月5日,原題「雨んぶちおばけ」 |
このお話の評価 | 8.25 (投票数 4) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧