むかしむかしある町の長屋に、それはもう阿呆な息子が住んでおった。毎日仕事もせずぶらぶらしておったが、年頃になって嫁さんを貰ろうた。それでも相変わらずぶらぶらしておったそうな。
嫁さんはとうとう堪りかねて、何か商いでもしたらどうかと男を説得し、なんとか魚屋に仕立て上げた。そうして、「人の大勢いる所へ行って『とりたての魚はいらんかね~。』と言うて売るんじゃよ。」と言って、送り出したそうな。
男が魚を担いで歩いて行くと、葬式で人が大勢集まっている家に出くわした。男が「とりたての魚はいらんかね~。」と言うと、家の人達は怒って男を追い出し た。男が家に帰ると、嫁さんは「そういう時はお悔やみの一つも言うもんよ。そうすれば魚も買ってくれるよ。」と、男に教えてやった。
次の日、男は祝言をあげている家に出くわした。男が「惜しい人を亡くしてしもうた……。」とお悔やみを言うと、家の人達は怒って男を追い出した。嫁さんは「そういう時は高砂の一つも歌うもんよ。」と男に教えてやった。
次の日、男は火事場に出くわした。男が「高砂や~」と歌って魚を売ろうとすると、火消し達は怒って男を追い返した。嫁さんは「そういう時は水の一杯もかけて火を消してあげるもんよ。」と男に教えてやった。
次の日、男は鍛冶屋の前を通りかかった。男が炉の火に水をかけて魚を売ろうとすると、鍛冶屋は怒って男を追い出した。嫁さんは「そういう時は向う槌の一つも打ってあげるもんよ。」と男に教えてやった。
次の日、男は夫婦喧嘩に出くわした。男が夫の頭を槌でたたいて魚を売ろうとすると、女房は怒って男を追い出した。嫁さんは「そういう時は『儂に免じてお引き取りを。』と言うもんよ。」と男に教えてやった。
そうして次の日、男は二匹の牛がにらみ合っているのに出くわした。男が「まあまあ儂に免じて……。」と牛に向かって言うと、怒った牛は男を散々に追いまわしたんじゃと。
まあ、馬鹿な息子もいたもんじゃ。こうして阿呆息子はいつまでたっても魚屋ができんかったそうな。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2013-1-27 21:36)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 湯浅良幸(未来社刊)より |
出典詳細 | 阿波の民話 第一集(日本の民話08),湯浅良幸、緒方啓郎,未来社,1958年06月15日,原題「あほうむすこの魚屋さん」,採録地「那賀郡富岡町」,話者「湯浅伊平」 |
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