昔、福島の土湯(つちゆ)という所に、助丸という働き者の猟師が女房と暮らしていた。女房も助丸のために良く働き、二人はまわりも羨むほど仲の良い夫婦だった。
ある日のこと、助丸がいつものように猟に出ると、山で一匹の鹿を見つけた。ところが、足を忍ばせて近づいてみると、鹿は足に大きな傷を負っている。いくら猟が生業(なりわい)とはいえ、傷ついている動物を射ることは出来ず、助丸は鹿の足を手当して逃がしてやった。
ところが、そんな事があってからしばらくして、助丸の女房は風邪をこじらせ、あっけなく死んでしまった。助丸の悲しみは深く、女房が死んでからというもの仕事もせず、ろくに食事も取らず、ただただ死んだ女房の事を思ってぼんやり過ごす日々が続いた。
そんなある夜のこと、何者かが助丸の家の戸を叩く。助丸が出てみれば、そこには亡くなった女房が立っている。女房は助丸に、ちゃんと食事をとって、以前のように元気に働くよう諭した後、「十日経ったら、あの峠の大きな石の前に来てください。私の姿が映ります。」と言い残すと、その姿を消してしまった。
助丸が十日後に峠の大石の前に来ると、女房の言葉通り、石には亡き女房の姿が映った。助丸は、その後以前にも増して働くようになり、そして毎日峠の大石の前に来ては、今日あったことを女房に話して聞かせた。
それからまたしばらくして、助丸がいつものように峠の大石の前に来ると、石の上に一匹の鹿が死んでおり、その鹿の足には大きな傷跡があった。そう、この鹿は何時ぞや助丸が助けた鹿だった。鹿は助丸を励ますために、この石に女房の姿を映していたのだった。
助丸は、鹿の亡骸を石のそばに丁寧に葬った。そしてふと石を見ると、石には鹿の足跡が残っている。その後、石に女房の姿が映ることは無かったが、鹿でさえこれほど自分を思ってくれたのだから、女房はどれほど自分を思っているだろうと助丸は考え、気持ちを奮い立たせるのだった。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2012-10-14 13:41)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 片平幸三(未来社刊)より |
出典詳細 | 福島の民話 第二集(日本の民話42),片平幸三,未来社,1966年09月30日,原題「鹿の恩返し」,採録地「福島市」 |
場所について | 福島市土湯温泉町(地図は適当) |
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