昔、とある小さな村に小さな酒屋があった。この村は、この年は台風のせいで不作であり、酒飲みの村人たちはみんな愚痴をこぼしながら酒を飲んでいた。その酒飲みたちの中に、いつも笑いながら飲んでいる不気味な男がいた。
ある時、夜も深まった頃に酒屋に真っ赤な緋(ひ)の衣を着たお坊さんが酒を買いにやってきた。よく笑うお坊さんは「酒は、知恵がわく般若湯(はんにゃとう)よ」と言う。女主人はお坊さんが持ってきた浄教寺(じょうきょうじ)の台帳を信じて、酒を売ってあげた。
酒屋には相変わらず日が暮れると、酒飲みの村人たちが集まってくる。夜も深まった頃、また緋の衣を着たお坊さんがやってきた。そこで、女主人は「酒が知恵の湧く般若湯だと言うのなら、困ってる村人を救ってやってくれないか」と頼んでみた。お坊さんは笑いながら承知すると、酒を飲み般若心経を唱え出した。
するとどうしたことか、不気味に笑っていた男が苦しみだして、ついに異形の姿を現して酒屋から逃げ出していった。お坊さんは「あれは酒鬼(さかおに)と言って、あれがとり憑くとみんな酒に溺れるようになる。もう去っていったので大丈夫だ」と言うと酒を買って帰っていった。
その年の大晦日。酒屋の女主人が酒代を貰いに浄教寺を尋ねると、住職は「わしは酒は飲まないのだが、確かにこれはお寺の台帳だ」と言う。住職はまさか…とお寺の上にある地蔵堂へ向かうと、そこには緋の衣をきたお地蔵さんが立っていた。住職は、「お酒を供えるので、もうふらふら出歩かないで座っていてください」と言うと、お地蔵さんは座って半跏(はんか)の姿になった。
それから、このお地蔵さんに「お神酒」ならぬ「般若湯」としてお酒を供えるようになり、酒鬼が居なくなった村は、うまくいくようになりみんな幸せに暮らしました。
(投稿者: もみじ 投稿日時 2012-6-18 14:21 )
※般若湯:仏教の隠語で酒のこと
※台帳で買う:つけによる後払い。店側が大晦日に借金回収にいく。
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 滋賀県大津市 |
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