昔々、東京の多摩川(たまがわ)にまだ橋が一つもなかった頃のこと。
この多摩川に三吉(さんきち)という名の渡し守がいた。三吉は気のやさしい男で、怪我をした人などがいるとこれを助け、またお金のない人はただで舟に乗せてあげていた。そんな訳で、三吉はいつも貧乏暮しをしていた。
ところで、ここ最近三吉が夜に舟を出すと、奇妙なことに出くわすようになった。それは、光る玉のような物が川の中に現れ、三吉の舟の周りを動き回るのだった。
そんなある夜、三吉が舟を出すと、またあの光の玉が現れ、三吉の方に近づいてきた。そして三吉の前に姿を現したのは、光る玉を提灯のように吊るし、大きな鯉(こい)を脇に抱えた女だった。女はこの多摩川に住む鯉の化身で、ここ三日三晩腹痛に苦しむ夫を診てもらうため、三吉のもとを訪ねたのだ。
三吉は鯉の口から腹の中を覗いてみたが、小さくてどうもよく分からない。そこで腹痛の原因を探るため、鯉に大きくなってもらい、腹の中に入ってみることにした。そして鯉の腹の中をしばらく歩いて行くと、三吉は何かひものようなものに足を取られて転んだ。ひもを手繰ってみると、それは大きな釣り針だった。鯉は、この釣り針を呑み込んで苦しんでいたのだ。
こうして、三吉が腹の中に刺さった釣り針を外して戻ると、鯉の夫婦は三吉に感謝し、その日から三吉の舟の水先案内をするようになった。鯉の宝の光玉(ひかりだま)は、三回振ると虹色に輝き、舟の行く手を明るく照らした。
そしてこの珍しい光景を一目見ようと、たくさんの客が三吉の舟に乗るようになり、三吉の渡し舟は大いに繁盛したということだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2013-5-26 8:33)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 東京の昔ばなし(三丘社刊)より |
出典詳細 | 里の語りべ聞き書き 第03巻,川内彩友美,三丘社,1988年08月10日,原題「魚の精の恩返し」 |
場所について | 砧(世田谷区)と久地(神奈川県川崎市)をへだてる多摩川 |
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