昔、尾張国に馬八という馬方がおり、馬八の歌う歌は張りと伸びのある美しい声で評判だった。ある秋の夕暮れ、馬八がいつものように歌を歌いながら三明寺(さんみょうじ)の前を通りかかると、三明寺の弁天様が馬八を呼び止めた。
弁天様は馬八がいつも美しい歌声を聞かせてくれるので、そのお礼として使ってもお金が無くならない巾着を馬八に渡し、この事は決して人には話さないように固く約束させるとたちまち消えてしまった。この時から馬八は、雨の日も風の日も毎日弁天様のために心を籠めて歌いながら三明寺の前を通るようになり、美しい弁天様にもう一度会いたいという気持ちが馬八の歌に艶を持たせ、益々人を酔わせた。
しかしどんなに歌っても弁天様はあれ以来馬八の前に姿を見せず、募る思いを巾着のお金で紛らわし贅沢な暮らしをしていくうちに、馬八は馬方の仕事を怠けるようになった。そして一年が過ぎ、歌う事さえ止めてしまった馬八はある晩、酒盛り中に馬方仲間からどうやってお金を儲けているのかを聞かれ、酔った勢いで三明寺での出来事を話してしまう。
すると不思議な事に巾着からはお金が一文も出てこなくなり、何もかも無くしふて寝した馬八の夢の中に弁天様が現れた。弁天様は自分のした事が馬八を苦しめた事を謝り、馬八にまた歌ってくれるよう願った。目が覚めた馬八は、弁天様が自分の歌を忘れていなかった事を嬉しく思い弁天様に感謝した。それからの馬八はまた元の馬方に戻り、以前よりももっと美しい声で馬を引きながら歌を歌ったという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-6-27 22:35)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 愛知の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 三明寺 |
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