昔、佐渡の豊田浦に善右衛門という鉄砲打ちがおった。
ある年の秋のこと、いつものように狩りに出かけた帰り道、善右衛門は河原田の一軒の大きな家で《日待(ひまち):神への祈り事のために村人が集まって夜明けまで飲み食いすること》をしているのに行きあたった。
すると、何やら光るものが家の中から出て来た。善右衛門がよぅく見ると、光りながら動いているものは火の玉じゃった。
善右衛門は怖じ気づきそうになったが、鉄砲をぐぅっと握りしめると、火の玉の正体を見定めようと近づいて行った。すると、火の玉は家の門から抜け出し、砂浜をどんどん逃げて行った。善右衛門は必死でその後を追いかけていき、砂浜で火の玉を散々に追いかけまわした。
やがて砂浜から村の方へと火の玉は逃げていき、一軒の家の軒下で止まった。なぜかその家の軒下から動こうとしない火の玉に、善右衛門は鉄砲を構えて引き金を引いた。ところが間一髪弾は外れ、火の玉は小窓から家の中へ逃げこんでしもうた。そうして、同時に家の中から爺様の悲鳴が聞こえてきた。
家の中には足を怪我した爺様が寝ておって、爺様が言うことには「わしゃあ、実は今日、河原田の御日待に出かけとってな、小用を足したくなって一人で外に出たんじゃ。そしたらな、鉄砲打ちが近づいてきたんじゃ。」
軒下でこの話を聞いておった善右衛門は震えあがった。爺様は続けて「わしゃ、何やら恐ろしゅうなってその場を逃げ出したんじゃ。すると、鉄砲打ちも後を追ってきてな。砂浜を散々逃げ回った後、やっと我が家の軒下にたどり着いたと思うたら、鉄砲打ちがわしに向かって引き金を引いたんじゃ。わしゃ、すんでのところで命を失うところじゃった……。」と言うた。
爺様の話を聞いておった婆様は、爺様は一日中どこへも出かけておらんと笑いながら言うた。夢でも見たんじゃろうと。じゃが、不思議なことに爺様の体にはたくさんの砂がついておった。
人の魂が体から抜け出して生魂となり一人歩きするとは、恐ろしい話じゃなあ。それにしても、もし人魂に弾が命中していたら、人の命を危うく奪うところじゃったと、善右衛門はほっと胸をなでおろしたということじゃ。
(投稿者: ニャコディ 投稿日時 2012-2-12 11:24 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 佐渡の伝説(角川書店刊)より |
出典詳細 | 佐渡の伝説(日本の伝説09),吉沢和夫,角川書店,1976年8年10日,原題「萩野善右衛門と人魂」 |
場所について | 佐渡市豊田(地図は適当) |
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