昔、加賀の高坂という所に「高坂狐」と呼ばれる賢い狐が棲んでいた。ある日の事、この在所で貧しい百姓の女房が亡くなり、葬式に西照寺(さいしょうじ)の和尚が招かれた。和尚は一通りお経を読み終えると筆と紙を取り出し戒名(死後や生前に与えられる仏教徒の証号)を書き上げ、仏前に供えると寺へ戻っていった。
それから二日ぐらい経った真夜中の事、寺の庭先から和尚を呼ぶ声がするので目が覚めた小坊主が庭先に目をやると、なんと障子に女の影が映っていた。女は頭を垂れた恨めしそうな姿で手に紙のような物を持ち、それをちらちらさせながら消えていった。
こんな事が三日三晩も続いたので小坊主は恐ろしくなりこの事を和尚に話すと、和尚は相手の正体を突き止めてやるとその晩障子を見張る事にした。そして夜も更けた頃、やはり障子に女の影が現れたが、和尚は恐れる事なく女に何者かと尋ねた。
すると女は、自分は五日前に和尚から戒名を貰った百姓の女房だと言うので、和尚はすかさず障子を開け、逃げようとする女の腕を掴み本堂へ引っ張り出すと念仏を唱え始めた。女は最初念仏に苦しんでいたが、やがて動かなくなると狐の姿を現わした。
女の正体は高坂狐であり、高坂狐はかしこまるとあの時の戒名の文字が一字間違っていたと和尚に戒名の書かれた紙を見せた。和尚が戒名をよく見てみれば、確かに「貧」の字を「貪」の字に間違えていたのである。
高坂狐が話すにはあの葬式の夜、高坂のすすきの原で成仏したはずの百姓の女房が泣いていたのでわけを尋ねてみると、浄土に行って戒名を見せたが何故か門番に追い返されたらしい。それで戒名を見せてもらうと一字書き間違えてる事に気付き、文字が読めない百姓の女房に代わって和尚の所へ来ていたのだという。
この話を聞いた和尚はそうとは知らず失礼を働いた事を高坂狐に詫び、自分の過ちを深く反省した。こうして和尚に新しく戒名を書き直してもらった百姓の女房は無事浄土へ行く事ができ、戒名の間違いを見つけた高坂狐はあの世からの使いに違いないと、長らく在所の評判になったという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-8-17 12:38)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 清酒時男(未来社刊)より |
出典詳細 | 加賀・能登の民話 第二集(日本の民話58),清酒時男,未来社,1975年12月10日,原題「高坂ぎつね」,採録地「能美郡」,再話「小川忠泰」,根上町史より |
場所について | 西照寺(石川県小松市大川町3丁目) |
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