昔、甲斐の国の山奥の小淵沢に、次郎太という男が住んでいた。次郎太は木こりなのだが、一本の木を切り倒すのに二日も三日もかかってしまうほど力がなかった。
ある日、次郎太が松木坂を下っていると、大きな腹の女が苦しそうに歩いてきた。何でも今日のうちにこの坂の先の峠を越えて、隣町まで行かねばならないのだという。次郎太は、夜道は危ないから今日は自分の家に泊まっていかないかと申し出たが、女は見ず知らずの者の親切は危険だと感じたのか、次郎太の申し出を断って先へと行ってしまった。
それから半年ほど経ったある日。次郎太は、木を伐ろうと頑張っているうちに、日が落ちてしまった。次郎太がおっかなびっくり暗い山道を帰っていると、誰かに呼び止められた。それは半年前にこの山を登って行ったあの女であった。
女は「少しの間、生まれたばかりの赤ん坊を抱いていて欲しい」という。次郎太が赤ん坊を受け取りながら、何故こんな山道にいるのかと尋ねると、女はあの日の出来事を語り始めた。女はあの時急に足を滑らせ、そのまま深い谷へと落ちて死んでしまっていたのであった。そして女は、あの時次郎太の親切を疑ってしまったお詫びにと、大力を授けますと言って、すっと消えてしまった。
すると不思議なことに、抱いていた赤ん坊が急に重くなってきた。赤ん坊はどんどん重くなっていき、次郎太はその重みに必死に耐えた。そのうち夜があけて、よく見てみると赤ん坊と思っていたのは大きな石であった。
次郎太は、松木坂の途中にこの石で墓を作り、幸せ薄かった親子の霊を弔った。そうして産女から力を授かった次郎太は見違えるように力持ちとなり、次郎太が木を伐り倒す音は遠くの山々にこだまし、その大力ぶりは甲斐や信濃の国々にまで広く知れ渡ったということだ。
(投稿者: kokakutyou 投稿日時 2012-8-23 3:36 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 山梨県 |
場所について | 北杜市小淵沢町の松木坂 |
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