昔ある夏の夕暮れ、ひとりの旅役者が道を急いでいた。仲間に遅れて瀬戸の方から山道を抜けて名古屋の方へ出ようとしていた。
やがてすっかり日が暮れて、提灯の灯を頼りに歩いていたが、行けども行けども山道を抜け出すことが出来なかった。旅役者は、提灯を片手にうろうろしていた。
その時ふと見ると、少し離れた所に一軒の明りが見えた。旅役者はこれ幸いとばかりに明りを頼りに崖の上の一軒屋の戸を叩くと、そこには老婆が一人座っていた。旅役者はちょっとばかり老婆を気味悪く思ったが、老婆は突然「お茶を入れようかの」と言って立ち上がり、奥の部屋に入っていった。
しばらく待ったが中々老婆は出てこない。するとパチパチと火が燃える音がしたかと思うと、突然障子が明るくなり、恐ろしい山姥の影が映ったのだった。旅役者は驚いて立ちすくんでいたが、老婆がお茶を持って出てきた。
老婆は「ところでお前さん、何かやってみせてくれんかの?」と頼んだ。旅役者はここで何かしないと生きて帰れないと思い「わしは化けるのが得意じゃが」と答えた。それを聞いた老婆は喜んで、ぜひ化けてみせてくれと言った。
旅役者はもうこうなったらと腹をくくり、つい立ての向こうで商売道具の入った包みを取り出した。狐の面を取り出し、狐の嫁入り踊りを披露した。旅役者次々と面や着物を変え、色々なものに化けてみせ、老婆は大喜びした。
やがて空が白々としてきて、旅役者の芸も尽きたと思われる頃。老婆は礼を言うと、あっと言う間に姿を消してしまった。それと同時に家も消えてしまっていた。
旅役者はしばらくその場にぼんやりしていたが、さて名古屋はどちらだろうと立ち上がった時、「旅のお方、さあこちらへおいで」という優しい声が聞こえてきた。その声があまりに優しかったので、旅役者はその声の言う方へ歩いていった。
優しい声は案内を続け、やがて旅人の往来する広い街道へ出た。そして「名古屋へ行くにはこの道をまっすぐ南にお行き…」と聞こえると、それっきり山姥の声は聞こえなくなった。旅役者は安心して名古屋への道を急ぐことが出来た。「芸は身を助ける」ということだ。
(引用/まんが日本昔ばなし大辞典)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 小島勝彦(未来社刊)より |
出典詳細 | 尾張の民話(日本の民話66),小島勝彦,未来社,1978年05月10日,原題「山姥と旅役者」,採録地「名古屋市」,話者「加藤静江」,採集「小島和子」 |
場所について | 名古屋の今池あたり(地図は適当) |
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