昔々紀州の南、江住(えすみ)村という所に日下俊斉(くさかしゅんさい)という医者が住んでいた。ある夜この俊斉が眠っていると悲しそうな顔をした不思議な娘が枕元に立ち、娘は三尾川(みとがわ)村の光泉寺(こうせんじ)に生えている銀杏の木に宿る霊と名乗った。
銀杏の霊は自分が畑作りの邪魔となるため明日村人に切り倒される事を話し、自分の命を救えるのは村人から尊敬されている俊斉しかいないと助けを求めた。三尾川村は俊斉の故郷であり、子供の頃から馴染みのある銀杏の木が気がかりな俊斉は翌日、心急かされるままに三尾川村に向かった。
三尾川村に着き銀杏の木の惨状を見た俊斉は、光泉寺の本堂で村人達に何百年も生きた銀杏の木を粗末にすれば必ず祟りが起こるので今すぐ切り倒すのを止めるよう説得した。しかし銀杏の木の根と枝葉のせいで僅かな作物も獲れなくなった村人達はどうにも納得できず、俊斉の制止を振り切りとうとう銀杏の木の幹に斧を 下ろしてしまった。
その時銀杏の木が女のような呻き声を上げ、中からあの銀杏の霊が姿を現した。この光景に村人達は恐ろしくなり皆身を伏せていたが、銀杏の霊の苦しむ様子を見兼ねた俊斉が幹から斧を抜き取った途端呻き声は止み、銀杏の霊は俊斉にお礼を言うと再び木の中へ消えていった。
こんな事があってから、村人達はもう誰一人としてこの銀杏の木を切ろうなどとは言わなくなった。その後不思議な事に銀杏の木の畑では作物が沢山獲れるようになり、根を広げなくなった銀杏の木は太い枝から乳房のような瘤を垂らし始めた。村人はこれを銀杏の乳と呼び、乳の出ない人はこの銀杏の木を拝めば乳が出ると言い伝えられ、いつしかこの木は「子育てイチョウ」と呼ばれるようになったという。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2012-12-8 22:47)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 和歌山の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 古座川町三尾川302 (光泉寺境内の子授け銀杏) |
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