昔、伊勢の山田というところに、飛脚の松右衛門(まつえもん)という男がいた。ある日、桧尻(ひのきじり)の峠の辺りで休んでいると、キセル入れを無くしてしまった。探すのも面倒で、たまたま足元に転がっていた竹の管(くだ)を拾って帰った。
その夜、松右衛門の家に桧尻のキツネがやってきて、「火つけ管を返してほしい」と訴えた。この火つけ管とは、口に当てて吹くと熱くない火が出るという便利なものだった。松右衛門はどうしても返したくなくて、毎晩やってくるキツネを無視し続けた。そのうちキツネも諦めたのか、やってこなくなった。
ある日、松右衛門は京へ飛脚にたった。京までの道は遠く、琵琶湖が見える近江の石部の宿で一泊した。その夜は大雨も降っていたし、こんな遠くまでは桧尻のキツネはやってこないだろうと思っていたが、それでも桧尻のキツネはやって来た。
松右衛門は「それ程に大切な物だったのか」と、ここで初めて気が付き、心から詫びた。火つけ管を取り返した桧尻のキツネが、遠くの山へ去っていくのをいつまでも見送った。
(紅子 2011-11-19 23:12)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 三重の伝説(日本標準刊)より |
場所について | 伊勢の桧尻(地図は適当) |
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