No.1064
ことづか
琴塚
高ヒット
放送回:0671-B  放送日:1988年10月15日(昭和63年10月15日)
演出:三善和彦  文芸:沖島勲  美術:阿部幸次  作画:三善和彦
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顔を見せない山姥の椀貸し伝説

昔、宮崎県延岡の東海(とうみ)に一人の山姥が住んでいた。赤茶けた髪を長くたらした山姥は、色の白い小さな女だった。

山姥は山の崖っぷちに横穴を彫って暮らしていたが、この横穴にはお膳やお椀が沢山あり、村人達は祝い事や葬式の度にこの山姥のところへ借りにいった。山姥はいつでも頼んだだけのお膳とお椀を出してくれたが、何をするにも後ろ向きで決して顔を見せる事はなかった。

ある婚礼の後の居残りの宴会で、このことが話題に上った。始めのうちは山姥への感謝の気持ちを話していた村人達だったが、次第に山姥の顔への好奇心がむき出しになってくる。そんな会話に苛立った源太という若者が、酒の勢いもあって「俺が山姥の顔を見てきてやる」と言って出て行き、実は好奇心が押さえきれなくなっていた村人達も後を追った。

山姥の穴の前に来た源太は「膳と椀を返しに来た」と言い、それを受け取ろうとした山姥の手を掴んで思いきり引っ張った。途端にすさまじい地響きととともに雷光のような眩い光。恐れおののいて「手を放せ」と叫ぶ村人達の叫び声に耳も貸さず、源太は山姥の頭を掴んでグイッと振り向かせた。その顔を見た瞬間、源太は恐怖で吹っ飛ぶ。

地鳴りも収まり、駆け寄った村人が声をかけるが源太はまるで腑抜けの様になっていた。恐る恐る穴の中を覗いてみても、中はもぬけの殻で山姥はおろか膳も椀も何もなかった。ただ、何処からか琴のような悲しげな響きが聞こえて来るだけだった。山姥はそれ以来二度と姿を現さなかった。村人達はこの小さな山のことを、琴塚と呼ぶようになったという。

(引用:狢工房サイト)


参考URL(1)
http://mujina.agz.jp/kotozuka.html
ナレーション市原悦子
出典宮崎の伝説(日本標準刊)より
場所について延岡市稲葉崎町、桜ケ丘近くの小高い山(地図は適当)
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地図:延岡市稲葉崎町、桜ケ丘近くの小高い山(地図は適当)
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※掲載情報は 2011/2/11 22:30 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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コメント一覧
8件表示 (全8件)
ゲスト  投稿日時 2022/1/29 12:35
話の殆どが、人物ドアップの会話劇心理戦で繰り広げられるから、役者2人の演技力は大したもんだ
日頃はありがたいありがたい、と感謝していてもやはり根底は愚かな人間 悲しい話ですね
関係はないけれど、昨日まで仲良くしていた非ユダヤの人々が、ナチスが町に入ってきた途端無視に加えて家に押し入り強盗をされたというユダヤ人一家を思い出しました
Perenna  投稿日時 2021/8/24 22:07
この昔話と似たような話が、「日本の伝説31・宮崎の伝説」に紹介されています。
「小丸川をはさんで、今別府(いまびゅう)の川べりの持見(もちみ)には椀貸伝説がある。穴谷(あなんたに)といって、この谷の洞窟に美女がいて、後ろ向きの姿で椀を貸してくれていたので後ろ向きの美女と伝えている。」
情報はこれだけです。
場所は児湯郡木城町川原今別府だそうです。
延岡の椀貸し伝説に出てくる後ろ向きの山姥とは、なにか関係があるのでしょうか?
化け猫  投稿日時 2017/10/18 9:04
人間は禁を破る動物だよね、山姥が何か可哀想です(´・ω・`)
瀧  投稿日時 2017/2/23 2:18
日本昔話の中ではリアルな怖さがあって幼稚園児の時に観たときから印象に残っている話の一つだ。会話で話が進んでいきドラマのようだった。二十歳越えた今観てみると子供向けというより大人向けに思える。
ゲスト  投稿日時 2017/2/21 2:48
顔が見えるかどうかって場面、すごく怖かった(笑)
yassan  投稿日時 2015/10/20 19:19
ありがとうございました。延岡市稲葉崎町、桜ケ丘周辺の丘陵地にピンの位置を変更しました。
マオマオ  投稿日時 2015/10/19 19:37
琴塚は現在の稲葉崎に存在し 桜が丘入口部にその看板が立っております。
近くの出身者である母が小学生のころ 山姥が住んでいたという話を聞いており
おそらく琴塚の山姥のことだと思われます。現在は住宅地がありますが
戦前は山深い場所であったそうなので 怖かったのでしょう。
araya  投稿日時 2011/12/6 22:52
『宮崎の伝説』(日本標準)は確認できませんでしたが、『日向の民話』(未来社)にも同じ話が載っていましたので、そちらの方でポインティングしますと、琴塚は「延岡市東海の近くの小高い山」とのことですので、東海からの緩やかな傾斜の方の山を選択してみました。

http://g.co/maps/ryghz
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