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No.1056
かっぱのわびじょう
カッパのわび状

放送回:0666-B  放送日:1988年09月10日(昭和63年09月10日)
演出:若林忠生  文芸:沖島勲  美術:田中静恵  作画:久保田彰三
岐阜県 ) 14197hit
あらすじ

昔、岐阜の荒田川の川縁に、村人たちが沢山の綿を作っていた。

ある夜のこと。五作じいさんの綿畑が何者かに荒らされていた。綿の花は摘みきったものも、そうでないものも乱暴に摘み取られていた。この日を境に綿畑は毎晩のように何者かに荒らされるようになり、静かな村は大騒ぎになった。

この騒ぎは了福寺の和尚の耳にも入り、黙っていられなくなった。その夜、和尚は畑を荒らす犯人を捕まえるため、荒縄を持って綿畑に忍んだ。すると川のあたりに何やら影が見え、影は綿畑に入っていった。和尚はこの影が犯人と確信し、ゆっくりと犯人に近づいた。異変に気付いた犯人は逃げようとしたが、あっという間に和尚に捕まり、寺へと連れて行かれた。

綿畑を荒らした犯人はなんと河童だった。和尚はなぜ綿畑を荒らしたのかと尋ねると、河童は自分の娘が満月の夜に嫁入りすることになり、何とかして娘に晴着を着させたいが為に綿畑から綿を盗んだが、綿と種をどう分ければいいか困っていたことを打ち明けた。

それを知った和尚は、部屋から亡くなった妻が嫁入りの時に被った綿帽子を持ってきて、「少し古いが明日の満月の夜の婚礼に被りなさい」と言って渡した。

河童は和尚からの贈り物に感謝しながら寺を後にした。翌日の満月の夜、昨日の河童が綿帽子を被った娘を嫁ぎ先へ先導しているところを和尚は遠くから見守っていた。

翌朝、寺に河童の手紙とお礼の品が置いてあった。文字は汚いながらも、手紙には綿帽子のお礼と二度と悪さをしないと書かれていた。和尚は河童の詫び状を大切にしたが、時折読み返しては、あの満月の夜の河童の花嫁姿を思い出すのだった。

(投稿者: Kotono Rena 投稿日時 2013-10-29 19:03) 


ナレーション市原悦子
出典岐阜のむかし話(日本標準刊)より
出典詳細岐阜のむかし話(各県のむかし話),岐阜児童文学研究会,日本標準,1978年09月30日,原題「カッパのわび状」
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※掲載情報は 2013/10/30 1:53 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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ゲスト  投稿日時 2016/3/14 15:08
定時制高校で教員をしています。
親にもいろんな親がいます。とんでもない親もいます。でもみんな子供を思う気持ちに変わりはないんです。不器用で、本当に不器用で、でも何とかしたいって気持ちに偽りはないはずです。
勿論、盗みを肯定するわけではありません。これが、盗んだ綿であろうが、借りた綿帽子だろうが、素敵なお父さんだと思います。
本当にどうにもならなかったんでしょう。だれにも頼れず、自分のふがいなさに嘆きつつ、でもどうしても最後に娘に何かしてやりたい、馬鹿だけど、何もできないけど、ダメおやじだけど、なんとかしたい。
私はそのお父さんの姿に涙がとまりませんでした。
やってることは許されないが、その心意気に和尚が感動したのでしょう。
さらら  投稿日時 2014/11/5 20:38
カッパの父親は嫁ぐ娘を着飾ってやりたい思いから
悪事を働いてしまいました。
もし、父親が盗んだ綿花で完璧に綿帽子を作り上げたら
娘は喜んで受け取るでしょうか?
しっかり者の娘のことですから父親を問い詰め
綿帽子を受け取らないし悲しみ父親を責めただけでなく
親子の間に大きな亀裂が生じたことでしょう。
最悪、父親の悪事が結婚相手の家族に知れわたり
結婚を取り消されてもおかしくなかったと思う。

和尚から綿帽子を頂いた時
自分のしたことが愚かだったことに気づき
娘に恥じない生き方をしただろうし
盗んだ綿も村人に返し謝罪したと思います。
(盗んだ綿が使い物になるかはわかりませんが)
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