昔、江戸の神田に佐助という大工が住んでいた。女房を早くに亡くし独り身だった佐助は一匹の猫を飼っており、タマと名付けたその猫をとても可愛がっていた。
佐助は毎朝仕事に出かける時はタマに一日分の食事を用意してやり、タマも夕方になると土産の魚を買って帰って来る佐助を迎えに行き、佐助とタマは互いを支え合うように暮らしていた。
ところがある時佐助は目を患い、物がよく見えなくなってしまった。医者に診せても難病のためどうにもならず、仕事もままならない佐助はやがて家に籠るようになり、タマに魚を食べさせる事もできなくなった。
そうしてある日、自分の不幸を嘆いた佐助はタマに、「もうお前に魚を買ってやるどころか暮らしも成り立たん。目も治りそうにないしどうしたらいいだろう。」と話しかけ、そのまま眠りについた。
するとタマは、眠っている佐助の両目を舌で舐め始めた。佐助はふとこれに気付き、はて妙な事をすると思ったが、一体どうするつもりかしばらく様子を見てみる事にした。
それからタマは、佐助が眠ると夜となく昼となく佐助の両目を舐め続けた。そして不思議な事にしばらく経つと佐助の目は少しずつ物が見えるようになり、十日も経つとすっかり物が見えるようになった。佐助は嬉しさで舞い上がり、目が治った事をタマと喜び合った。
佐助はすぐに仕事場に戻ると、その日はお祝いのためにタマに沢山魚を買って帰った。しかし佐助の目が治ったのと丁度同じ頃にタマの目はすっかり見えなくなっており、佐助が帰って来た時にはタマの姿はどこにもなく、それきりタマの姿を見る事は二度となかった。
その後佐助は大工の腕を上げ、ついには江戸でも評判の棟梁となった。それでも佐助はタマの事を決して忘れる事はなく、毎日魚を買って帰ると仏壇に供えては、昔のようにタマに話しかけたのだという。
(投稿者:お伽切草 投稿日時 2014/6/22 21:34)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 川崎大治(童心社刊)より |
出典詳細 | 日本のふしぎ話(川崎大治 民話選3),川崎大治,童心社,1971年3月20日,原題「大工とねこ」 |
場所について | 千代田区東神田(地図は適当) |
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