わらびの恩 についてのコメント&レビュー投稿
ある山に1匹のマムシが住んでおりました。マムシは「ここいら一帯で俺より強い奴は居ないだろう」と威張っておりました。 ある日、獲物にしてやろうとネズミや蛙を追いかけまわし...…全文を見る

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投稿者:熊猫堂 投稿日時 2012/9/10 10:43
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森川信英さんの描く動物は愛らしい姿をしたのが多いですが、このお話は特に森川さんの手腕が発揮された一編だと思います。
このお話のマムシ避けの呪文、子供の頃に良く真似しました(微笑)
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2017/4/3 15:50
なんでわらびへの恩なのに人間に言われて退散する必要があるんですか(正論)
投票数:34 平均点:10.00

投稿者:ゲスト 投稿日時 2017/4/3 21:48
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(正論)てwww

昔話はその成り立ちとか呪文の根拠とか、そう言ったものを伝える役目もあるから。
この話はそのタイプでしょう。

同じような呪文には、
カッパよけ→「ひょうすえに約束せしを忘るなよ川立ち男我も菅原」
天狗よけ→「サバ食ったサバ食った」なんてのがあり、それぞれ根拠となる昔話が付いているので、それと同じかと。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2017/5/15 17:17
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はぇ~初耳ですね、参考になるなぁ・・・
投票数:34 平均点:10.00

投稿者:ゲスト 投稿日時 2018/4/30 22:35
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この話の初見は、大正4年に出版された「南総之俚俗」に収録されたもので、南方熊楠も「まむし除けに蕨のご恩云々の謎が解けた」とこの本を引用してたと記憶してます。
子供のころ、良く意味がわからないまま使ってました。
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投稿者:Perenna 投稿日時 2019/3/12 22:57
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大正4年に出版された「南総の俚俗」では次のように書かれています。(コマ番号60/91)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1870048/60?tocOpened=1

「ある時蝮病みてしの根の上に倒れ伏したれど疲弊せる爲動く能はざりしを地中の蕨(わらび)憐(あわれ)に思ひ柔(やわ)な手もて蛇の体を押し上げて、しの根の苦痛より免れしめたり、爾後山に入るものは「奥山の姫まむし蕨の御恩を忘れたか」と唱ふれば其害を免る。(しの根とは茅根(かやね)のことなれどここは其鋭き幼芽のことなり)」

大正6年に出版された「日本伝説叢書・上総の巻」にも、同じ話が載っています。(コマ番号120/212)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953567/120

「蝮と早蕨(さわらび) (長生郡二宮本郷村原田区)
ある時の事であつた。病気の蝮が、茅根(しのね)(こゝでは其鋭い幼芽の事)の上に倒れて、疲れきつて、動くことも出来ないでゐた。その時まで、まだ土の中にゐた早蕨は、此蝮の苦痛を大層憐れに思つて、柔かな手で、そつと蛇の體(からだ)を押し上げてやり、漸(やうや)くのことで、しの根の苦痛(くるしみ)から免れしめてやつた。それからこつち、山に入る者は、
『奥山の姫まむし、蕨の御恩を忘れたか。』
と唱へると、その害を免れることが出来た。」

「奥山の姫まむし」と呼ばわっているので、この蝮は雌の蛇だったらしいですね。
「なんでわらびへの恩なのに人間に言われて退散する必要があるのか?」という疑問については、おそらく蝮が茅根に突き刺されたことに対して大変屈辱を感じており、助けてくれた蕨の名前を持ち出されるとそのことを思い出して恥じ入ってしまい、おとなしく退散する、ということなのではないでしょうか?
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