長者ヶ森 についてのコメント&レビュー投稿
昔あるところに、隣同士で炭焼きの家があって、それぞれの家で同じ時期に子供が生まれた。 一つの家では男の子、もう一つの家では女の子が生まれた。炭焼き達はそれぞれの子供たち...…全文を見る

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投稿者:ゲスト 投稿日時 2015/2/8 1:01
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嫁、災難(´・ω・`)
親が決めた結婚でこんなことに…

親の言いなり、夫のいいなりになってちゃあかん、ってことかもね。
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投稿者:もみじ 投稿日時 2015/2/11 1:46
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本当にお嫁さん、気の毒(´Д`;)
悪いの、旦那やのに…(´;ω;`)巻き添え…。

まぁ、結婚すれば夫婦の財産ですから、
それに嫁が文句を言わずに従ったのが
同罪と取られたのかなぁ…。
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投稿者:乱太郎 投稿日時 2017/11/13 22:06
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http://www7a.biglobe.ne.jp/~yuji-tabisaki/mitou2.1.html

長者が森に関する情報です。
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投稿者:ゲスト 投稿日時 2020/2/11 18:10
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山口県美祢市美東町長登 長者ヶ森
ここでしょうかね
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投稿者:Perenna 投稿日時 2021/9/25 21:51
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「日本の伝説35・山口の伝説」にも、美東町の「長者ヶ森」の伝説が紹介されています。
ですが、昔話の話とはちがって、平家の落人伝説の話となっています。

「寿永のむかし、平家の一部将大田芳盛主従は壇ノ浦から逃れて大田(美東町)に入ったが、後、まだ原始樹のみられる「大山」とよばれたこの台地に移って永住の地と決め、芳盛を長者にたててしだいに開拓、二代目芳宗のころには周辺地域も手中におさめ、名家にふさわしい広大な居館を構えた。ところが、三代目芳高のころ、一族間に内訌が生じ紛争が絶えず、あまつさえ不慮の火災によって善美をつくした居館は焼失、一族も四散してしまった。この大火によって原始樹におおわれた大山も六日七夜にわたって燃えつづけ、まったくの焼野原になってしまったという。こうして一面の草原となった大山のなかで、ただ一箇所にだけ生い茂っている「長者ヶ森」の樹林は、ずっと後世の江戸時代になって、大田氏の子孫が祖先をしのんで、かつての居館の跡と思われるあたりに木を植えたのが茂ったものともいわれている。」

同じ「長者ヶ森」でも、伝承者や語り手によって、昔話や伝説がちがうのでしょうか?
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