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No.0909
だいちぜんじとさる
大智禅師と猿

放送回:0572-B  放送日:1986年11月01日(昭和61年11月01日)
演出:前田康成  文芸:沖島勲  美術:門屋達郎  作画:前田康成
長崎県 ) 12996hit
あらすじ

昔、長崎の岩戸山にはたくさんの猿が住んでいて、千々石灘(ちぢわなだ)の見える岩場を遊び場としていました。

この岩場で毎日座禅を組む「大智禅師」という偉いお坊さまがいました。この大智禅師の座禅を見て、子ザルも一緒に座禅を組むマネをしていました。この様子をみた百姓が、子ザルをからかってやろうと、大岩から海に飛び込むマネをして見せました。

すると案の定、子ザルは百姓のマネをして、本当に海に飛び込みました。溺れかけている子ザルを助けようと母ザルも飛び込みましたが、親子ザルはそのまま深みに沈んでいきました。

異変に気が付いた大智禅師が、急いで海に飛び込み親子ザルを助けてやりました。危ういところを助けてもらった猿たちは、それからは一緒になって岩場で座禅を組むようになりました。子ザルも、大智禅師にお礼にと山芋を掘って持ってきてくれるようになりました。

ところがそれから何日かして、猿たちは大智禅師の所にやってこなくなりました。心配した大智禅師は、猿たちの様子を見に山に行ってみると、あの子ザルが落ちてきた大石の下敷きになっていました。

大智禅師が渾身の力で大石を動かすと、子ザルは山芋を握ったまま死んでいました。母ザルは死んだ子ザルの亡骸を抱きあげ、何度も子ザルをゆすりましたが、生き返る事はありませんでした。

大智禅師は子ザルを哀れに思い、子ザルの事を想いながらノミで石を掘り始めました。やがて、猿の姿の掘られた石塔が出来上がりました。今でもこの石塔は岩戸山に残っていて「お猿の墓」と呼ばれ、安産にご利益があるそうです。

(紅子 2012-10-22 0:59)
 


参考URL(1)
http://blog.goo.ne.jp/mejima_2010/e/03b91361db279b76771878bb95c93fbc
ナレーション市原悦子
出典吉松祐一(未来社刊)より
出典詳細長崎の民話(日本の民話48),吉松祐一,未来社,1972年07月20日,原題「大智禅師と猿」,採録地「南高来郡加津佐西宮町」,話者「奥村孝亮」
場所について長崎の岩戸山(島原)
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※掲載情報は 2012/10/22 0:59 時点のものです。内容(あらすじ・地図情報・その他)が変更になる場合もありますので、あらかじめご了承ください。
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