秩父の高篠山に、栄華を極めた長者が住んでいた。この長者は、毎年春になると屋敷中の人間を駆り出し、高篠山のわらびを採るのが習わしだった。
ある年のわらび狩りの日、長者がこう厳命した。「良いか皆の者、あの日が沈むまでに高篠山のわらびを全て採り尽くせ。日が沈むまでに高篠山のわらびを全て我が屋敷の倉に納めるのだ」
幼子から年寄りまで駆り出されてのわらび狩りは続いたが、とても1日では山銃のわらびを採り尽くせるものでは無かった。じりじりとその様子を眺めていた長者は、何を思ったか愛用の扇を取り出し、「エイホゥ 夕陽よ戻れ、エイホゥ 夕陽よ戻れ」と叫びながら扇で夕陽を指し招いた。
すると、沈みかけた夕陽が再び戻って辺りを照らし、やがて高篠山のわらびは全て採り尽くされた。ところが、高篠山のわらびが全て蔵に納められたと同時に、蔵の中に積まれたわらびが赤トンボに化けて次々と高篠山に戻って行った。
季節外れの赤トンボが群れ飛ぶ中、長者は狂ったように扇を手に「夕陽よ戻れ」と叫びながら舞い続けた。その内扇をひと振りする毎に屋敷が消え、蔵が消え、しまいには長者の姿も消え、後には扇と無数のわらびだけが残された。
以後、高篠山はわらびの名所になった。また、後々の時代になっても山の頂上で時折「夕陽を戻せ、夕陽を戻せ」と言う叫びを聞く者があったと言う。
(投稿者: 熊猫堂 投稿日時 2012-10-29 17:54 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 瀬川拓男(角川書店刊)より |
出典詳細 | 長者への夢(日本の民話05),瀬川拓男,角川書店,1973年7年25日,原題「わらび長者」,伝承地「埼玉県」 |
場所について | 秩父の高篠山(現:丸山)地図は適当 |
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