熊本のある農村では、お産の時には「山の神」と「ほうきの神」と言う産土神がやって来て、生まれる赤子の命を助けると言われておった。
そんな村の、ある家の奥さんが急に産気づいた。産婆さんが懸命に介抱するが酷い難産で、産婆さんはその家の旦那に「隣村までひと走りしてもう一人産婆さんを雇ってきてくれんか」と頼んだ。
外は土砂降りの大雨だった。旦那さんが夜の道を産婆さんを迎えに走っていると、途中で転んで足をくじいてしまった。痛くて走る事も出来ず、近くの神社に潜り込んで足の痛みが引けるのを待っていると、馬に乗った老人が神社の前まで走ってやって来て、大きな声でこう呼ばわった。
「山の神殿、私はほうきの神だが、この先の農家で酷い難産で苦しんでいる。是非とも貴殿のお力添えをお願いしたい」すると社の中から、「生憎だが今、わしの馬が足を痛めており、共に行く事が出来ぬ。何とか貴殿の力だけで助けてやってはくれまいか」
「それは残念。我が力が及ばぬ時は、赤子の命は助かるまいが致し方無い」そう言って山の神は再び馬を走らせて去って行った。
驚いたのは旦那さんが思わず社の中にかけ込むと、奉納された絵馬の額が落ちて壊れており、馬の足の部分の板が外れていた。旦那さんは自分の足の痛みも忘れて必死に絵馬を組み立て直し、元の場所に安置して真剣に祈った。「神様、馬の足が治りました。おらの家の赤子が無事生まれますよう、どうかお力をお貸し下さい」
と、突然絵馬に描かれた馬が実体化して高くいなないたかと思うと、何処から現れたかひとりの老人がその背にまたがり、旦那さんの家に向かってまっしぐらに駆けていったのだった。
旦那さんが家に戻って見ると、果たして奥さんは無事に元気な子を産み落としていた。以来、この旦那さんと奥さんはいよいよ信心が深くなり、あの時の神社に大きな立派な絵馬を奉納して、あの時の礼をしたそうな。
(投稿者:熊猫堂 投稿日時 2014/4/13 14:01)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 熊本県 |
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