昔、四国は高知の海での話。沖の海には、3月から6月にかけてカツオの大群がやってくるので、漁師たちはこれを求めて沖で漁をしていた。
この日の漁は上々で、やがて日も暮れてきたので、漁師たちは帰路に就いた。すると急に冷たく、生臭い風が吹き始め、辺りが暗くなってきた。そして、ふいに海面が逆立ったかと思うと、その中から巨大なのっぺらぼうの化け物が現れたのだ。
「で、出たぁーっ!」これには、さしもの漁師たちも、あまりの怖さにへたり込んでしまう。「柄杓(ひしゃく)を貸せ~!」化け物は舟に向かって叫ぶ。「柄杓なんか無い!」船頭がこう言うと、化け物はいかにも残念そうに海の中へと消えていった。
漁師たちは慌てて浜に戻ったが、その夜からみな高熱を出して寝込んでしまった。ところが、若い衆の中にはこの話を信じない者もいたのだ。どうせテングサか何かを見間違えたのだろうと、血気盛んな7~8人の若者が沖に向かって舟を漕ぎ出した。
するとどうだろう。沖に出てしばらくすると、やはり辺りが急に暗くなり、化け物が再び現れたのだ。「柄杓を貸せ~!」若衆の一人が、震えながら柄杓を化け物に差し出した。すると不思議なことに、柄杓は化け物の手の中でみるみる大きくなる。そして、化け物は不気味な笑い声をあげると、柄杓で海水を舟に注ぎ、舟を沈めてしまった。若者たちは命からがら浜に泳ぎ着いた。
こんなことでは誰も漁に出られない。困った村人は、吾助爺さんに相談することにした。すると爺様が言う。「その化け物は、海坊主というやつじゃ。退治するには底の抜けた柄杓を渡すんじゃ。」
こうして漁師たちの中でも屈強な者が、底の抜けた柄杓をもって海坊主を退治しに行くこととなった。沖で海坊主が出ると、船頭は爺様に言われた通り、底の抜けた柄杓を投げつける。海坊主は柄杓で水を汲もうとするが、底が抜けているので汲めない。そして、とうとう海坊主は悔しがりながら、海の底に消えていった。
それからというもの、漁に出る時には、どの舟にも必ず底なし柄杓を備えたということだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2012-7-9 11:56)
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 高知県 |
本の情報 | 二見書房[怪談シリーズ]第3巻_妖怪がでるぞ~(発刊日:1994年7月25日) |
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