昔、丹波と山城の国境にある愛宕山の麓に、怠け者の鍛冶屋が一人住んでいた。この鍛冶屋の部屋には、村人たちから頼まれた農具や鍋釜がいつも山積みにされ、夜ともなれば酒に酔い潰れる毎日だった。
ある夜、仕事の不始末が原因で火が部屋中に広まり、鍛冶屋の家は大火事に遭ってしまう。慌てて飛び出した鍛冶屋は咄嗟に、必ずお礼参りをするので今すぐ火を消してくれるよう愛宕さんへ何度もお願いをする。「愛宕さん」とは愛宕山に祀られている愛宕権現の事で、村人から火止めの神様として親しまれていた。すると不思議な事に、勢いよく燃えていた火がみるみるうちに消えていき、鍛冶屋は難を逃れたのであった。
しかし、鍛冶屋は後になって愛宕さんとの約束を果たす事を面倒臭がり、お礼参りを後回しにする内に3年もの月日が経ってしまう。そして4年目を迎えると、真夜中近くに鍛冶屋の家が何者かに付け火をされ、危うく火事になりかけた事が2日続けて起こるようになった。
3日目の夜、酒も切れて付け火の件で眠れない鍛冶屋はふと、3年前の愛宕さんへの火止めのお礼を思い出し愛宕神社へと出かける。愛宕山を登る途中、鍛冶屋は一服するため煙管を取り出すも火打石を忘れてしまうが、暗闇の向こうから火縄を持った坊さんがやって来るのに気付く。丁度いいと鍛冶屋は、坊さんに火を貸してくれるよう頼むが、坊さんは「この火はこれからお前の家に火を付ける大事な火種だから駄目だ」と断り、鍛冶屋を驚かせる。
実はこの坊さんこそが愛宕さんであり、3年間待ってもお礼参りに来ない鍛冶屋に業を煮やし、遂には2晩続けて付け火をしたのだという。これから参ろうとしていた所なのでどうか許して欲しいと鍛冶屋が懇願すると、愛宕さんは「もう間に合わないが本当にすまないと思うのなら早く行け」と言い放つ。
鍛冶屋は必死で愛宕神社へ向かい早速お礼参りを済ませると、急いで自分の家に戻ってきたが時既に遅く、鍛冶屋の家は炎が音を立てながら燃えていた。ところがあれだけ燃え盛っていた火は、棟だけを燃やし尽くすとやがて消えてしまった。鍛冶屋は愛宕さんが自分の願いを聞き届けて棟だけで許してくれたのだと悟り、それからは真面目に仕事に励み人との約束も必ず守るようになったという。
またこの事から、どんな神様もお礼参りを3年の間は待ってはくれるが、それ以上はもう待ってはくれないと言われている。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2012-1-3 23:38 )
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 宮崎修二朗(未来社刊)より |
出典詳細 | 兵庫の民話(日本の民話25),宮崎修二朗、徳山静子,未来社,1960年01月31日,原題「愛宕さんの火縄」,採録地「水上郡」,採集「山田隆夫」 |
場所について | 愛宕山 |
9.75 (投票数 4) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧