昔、武蔵国飯能(はんのう)の山には天狗が住むといわれていた。突然山の中で呼び声がしたり木を切り倒すような音がするとそれは天狗の仕業とされていたが、実際に天狗の姿を見た者は誰もいなかったという。
そんな山の中に、もう何か月も小屋掛けをしている木こりの源さんという男がいた。源さんは山の木を切り倒す度に御幣(ごへい)を付けたてっぺんの梢(こずえ)を切り株に挿し、木への感謝とお詫びを欠かす事がなかった。
ある日の夕暮れ、源さんは今日の仕上げにと前から目を付けていた大木を切り倒しにかかった。しかしそこは足場が悪く中々仕事がはかどらなかったため、やっと大木を切り倒した頃には辺りは既に暗くなっていた。源さんは大木が倒れた時に飛ばされたてっぺんの梢を探すのを諦め、その日は小屋に戻ってしまう。
ところがその夜中、にわかに小屋が揺れ出し、目が覚めた源さんは地震かと思い外に飛び出したが、外は別に変わった様子もなかった。しかし源さんが小屋へ戻ると、再び小屋はぐらぐらと揺れ出したのである。
すると大揺れの中、拍子木を打つ音がしたので、これは噂に聞く天狗の仕業だと源さんは理解した。そして自分が大木の切り株に梢を挿さなかったのを天狗が怒っている事に気付いた源さんは、小屋を飛び出すと真っ暗な夜中の山の中を梢が落ちた辺りに急いだ。
しかし薄い月明かりの中ではいくら探しても梢は見つからず、源さんは仕方なく山の中で火を起こそうとした。その時不思議な事に、木々の合間に赤い鬼灯提灯(ほおずきちょうちん)が次々とつき出し、山一面を明るく照らし出したのである。源さんは天狗の神業に驚いたが、鬼灯提灯の灯りのおかげで難なく梢を見つける事ができた。
やがて冬近くになり源さんはその年の山の仕事を全て終え、女房子供の待つ里へ下りていった。この事があってから源さんは、天狗様が守っている山の木だと前にも増して木を大切にし、山を崇め奉ったという事だ。
(投稿者: お伽切草 投稿日時 2013-12-23 22:35 )
ナレーション | 市原悦子 |
出典 | 根津富夫(未来社刊)より |
出典詳細 | 埼玉の民話(日本の民話57),根津富夫,未来社,1975年05月20日,原題「奥武蔵の天狗のこと」,採録地「飯能」,話者「加藤つう」 |
場所について | 愛宕山(現在の天覧山)地図は適当 |
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