昔、筑前の海辺の村々を行商して歩く、赤ん坊連れの女がいました。十年後、その赤ん坊はみなしごの娘となり、若松で子守奉公をしていました。
春になり、娘は春の陽気に誘われるように、花が満開の山へ入って行きました。つつじの美しさに、娘は思わず背中の赤ん坊をそっと草むらに降ろしました。すると、まるで羽でも生えたような身の軽さを感じて、夢中になって花の合間を飛び回りました。
ふと気が付くと、娘は今まで何をしていたのか思い出せなくなっていました。立ち尽くす娘の目の前に、大きな一本松が立っていました。その松を見ているうちに、娘はハッと思い出しました。「そうだ、子守をしていたんだった」慌てて赤ん坊のところへ戻ると、まさに野犬が赤ん坊に襲いかかろうとしていました。
娘は、飛びかかってくる野犬の鼻を噛み千切って、どうにか追い払いました。そして、もう二度と背中から赤ん坊を降ろさないと心に誓い、子守を思い出させてくれた一本松に感謝しました。その後、若松の人々は、つつじの道を「子忘れの道」、一本松を「見返りの松」と呼ぶようになりました。
(紅子 2011-12-7 0:58)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 加来宣幸(未来社刊)より |
出典詳細 | 福岡の民話 第二集(日本の民話52),加来宣幸,未来社,1974年04月25日,原題「見かえりの松」,採録地「若松区」,話者「藤木太三郎」 |
場所について | 筑前の若松の脇田(わいだ)の浜 |
このお話の評価 | 9.60 (投票数 5) ⇒投票する |
⇒ 全スレッド一覧