船形山の中腹に建っている船形権現さまの社には、女の神様が祀られており、豊作の神様として有名であった。そのため麓の村々はもとより、遠く名取の方からお参りに来る人もいて、参拝客は絶えなかった。
さて、この姫神さま、陽気で賑やかなことが大好きなので、冬になり参拝客が途絶えてしまうのを寂しく思われていた。そこで秋も深まったある日、雪が降る前に里に遊びに行くことにした。
権現さまは、目立たないようにボロを纏い(まとい)、顔に泥を塗って山を降りて行った。上富谷村(かみとみやむら)まで来ると、村人たちが土の中の虫を殺すために田おこしをしていた。ところでこの村には、怠け者の「くま」という男がおり、みんなが働いてるというのに、1人だけボケッとしていた。
くまが権現さまを見ると、その袖(そで)やすそからは、泥を塗っていない真っ白い肌がチラッと見えた。くまは不思議な女子(おなご)だと思い、その後をついていった。権現さまは、くまが追いかけて来るので、びっくりして走り出した。ところが田おこしをして、でこぼこになった田に足を取られて何度も転び、膝を擦りむいてしまった。
権現さまが桧和田(ひわだ)の村まで逃げてくると、そこではちょうど田んぼのあぜに泥を塗る畔ぬり(くろぬり)の最中だった。権現さまはそのあぜの上を走ったものだから、泥で滑ってしまい、田んぼの中に落ちて泥だらけになってしまった。
泥だらけになった権現さま、今度は落合の村までやって来た。するとそこでは、実を取り終わったゴマがらを片付けていた。ところが、この村にも「せど」という怠け者の男がおり、ろくに働かずにボーッとしていた。
権現さまが歩いていると、顔からは泥が剥がれ落ち、雪のような真っ白いお顔が現れた。これを見たせどは、何ともめんこい女子だと思い、権現さまの後をついて行った。権現さまはまた駆け出すも、今度は道に広げてあったゴマがらにつまづいて、鼻の頭を擦りむいてしまった。更にこれに上富谷から追いかけてきたくまも加わり、権現さまは2人から追いかけられるはめになってしまった。
怠け者のせどとくまが走っているのを見た村の衆は何事かと思い、我も我もとその後をついて行く。こうして、とうとう村の衆全員が権現さまの後を追いかけることになった。賑やかなことの好きな権現さまは、こうなってしまうと逆に楽しくなってしまい、風のように村の中を駆け回る。そして楽しそうに笑いながら、船形山に飛んで帰って行った。
その後、この女子が権現さまだと気づいた村の衆は、権現さまに失礼なことをしてしまったと思い、皆で山の社にお詫びに行った。そしてそれ以降、上富谷では田おこしを秋に行わずに冬にして、桧和田では畔ぬりを春先に行い、また落合ではゴマを植えないことにした。この風習は今でも続いているそうだ。
(投稿者: やっさん 投稿日時 2011-12-3 9:07)
ナレーション | 常田富士男 |
出典 | 山田和郎「宮城県の民話」(偕成社刊)より |
出典詳細 | 宮城県の民話(ふるさとの民話40),日本児童文学者協会,偕成社,1982年11月,原題「船形山の権現さま」,採録地「黒川郡大和町」,再話「山田和郎」 |
場所について | 船形山 |
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